食堂の隣の控えの間(今は展示室)を抜けた先が、当時、応接間として使われていたお部屋です。

元々、米国人の来客用という目的で作られているので、ドアが高く作られているのが特徴だな

と思いました。

 

 

壁紙は創建当時のままだそうで、一部剥がれてしまってる部分もありますが、中々綺麗な状態で

残っていて、古い家具や床のペルシャ絨毯と共に当時を偲ばせてくれます。

 

 

縦長の窓が3つバランス良く配置されています。

こちら、外観でいうと・・・

 

この1階部分手前の、2つ目の窓から並ぶ3つが見えていることになります。

 

 

こちらのお部屋は、折り上げ小組格天井というものだそうで、宮大工も務めていたという大工さんの

腕の見せ所だったのだと思います。

 

 

食堂の天井も凝っていましたが、シンプルながらも、こちらも凝った天井です。

 

 

二階の広間には及ばないまでも、カーテンボックスにも、細かい彫刻が施されていました。

 

 

当時からあったというこちらの家具。

2階にあるステンドグラスと、同じモチーフがいくつか使われています。(後日ご紹介します。)

 

 

窓側の方には、こんな不思議な本棚?もありました。

表面の文字は、中国の歴史書「書経」から取られたもので、右から左へ「八音克諧 無想奪倫

神人以和」と書かれています。

意味は、「物事がよく調和し、互いに関係を乱さなければ、自然と人は一つになれる」という

意味なのだそう。左側の扉には、この棚の由来が書かれているんだとか。

 

 

こちらの洋館の床の組み木細工は部屋ごとに違っているので、それを見ていくのも楽しみです。

 

 

続きます。