長野へ行ったら・・・行ってみたい場所がいくつもあって、その中の1つが
こちらの「旧 開智学校」だったのです。
擬洋風の建物として、古い建物好きでは有名なもの。やっと来れた~♪
明治9年築、設計・施工は松本の大工棟梁 立石清重氏。
明治期、洋風、和風、中国風が混ざった擬洋風の建物が多く建てられた
ものの、本物とは違うと評価が下がり、多くの擬洋風の建物が壊されたり
改築された中、一部の改装だけで、90年間も学び舎として愛された建物
だったのだそうです。
塔の上には・・・
「風見鶏?・・・じゃなくて、ん?東西南北~?!」と、思わず指さしてしま
いました(笑)。
棟梁の立石氏は、山梨から横浜や東京、大阪、神戸、京都など、
明治初期にあった沢山の洋館を見て、メモやスケッチをし、それらを
元にここを設計していったのだそうです。
以前は、川沿いに建っていた物を、保存のため、ここへ移築したそうで、
古い写真には、東京の開成学校(東大の前身)を参考にした門があった
のだと紹介されていました。
当時のお金で、11,128円24銭8毛(現在だと約1億3千万円)もの
資金を投じて建てられたそうです。
きっと「松本に、子ども達が誇れる、素晴らしい学校を建てよう」という
思いが込められた建物なのでしょうね。
ちなみに、この天使ちゃん達は、当時発行されていた、「東京日々新聞」
の題字のデザインを参考にしていると言われていて、他の擬洋風の建物
にはない、立石氏独自のものだそうです。
・・・室内の展示で、子ども達からの感想に、「天使がかわいくない」と
書かれてて、思わず、吹き出しちゃいました(笑)。
本当に、色んな要素が含まれていて、細部まで見ていくと面白くて
たまらない建物なのです。
正面に、ちょ~ニラミをきかせた龍がいますし、
色は抑えめですが、非常に凝った、デザインの玄関になっていました。
(今はここから出入りできません)
今、外側は綺麗すぎる位に修復されていますが、室内は、まだまだ、
90年間も学校として使われてきた建物の当時の面影を残していま
したので、暫くご紹介したいと思います。






