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昨日も肌寒かったですが、今日も、一気に秋めいて来ましたね。。。
ウチの辺りでも、今日は上着を持って行かなきゃという気温です。

こちらは、迎賓館の南側です。
迎賓館の正面が北向きなのには、諸説あるようですが、世界的に見ても
珍しいものなのだそうです。

私はすっかり誤解していたのですが、迎賓館は、当初から賓客を迎える
宮殿として建てられたのではなく、明治天皇の命で、大正天皇のお住まい
として建設が始まり明治42年に完成したものだったそうですね。

当時の大学教授の月給が30円程の時代に、予算250万円で計画され、
設計を担当した片山東熊氏が、調度品などを揃えたら、結局、500万円に
なってしまったのだそうです。

その価値、現在価格にすると、100億円とも言われるそうですが、今となっては
手に入らない貴重な大理石や木材などが使われており、とても100億円では
再現できないとも言われているそうです。

これまで見てきたお屋敷では、旧岩崎邸がダントツの豪華さでしたが、
こちらは宮殿。片山氏はベルサイユ宮殿やバッキンガム宮殿を意識したらしく、
シャンデリアや、当時のステイタスの象徴だったというミラーの大きさは
岩崎邸をはるかにしのいでいました。

それ程力をいれて作った建物だったのに、明治天皇が完成したものを見て
「贅沢だ」とおっしゃったために、大正天皇がお住まいになることはなく、
その後、片山氏も時代遅れの建築家のような扱いを受ける事になったと、
表慶館の見学の時にお話しされていました。

昭和天皇や平成天皇は、皇居の補修の間、仮住まいされた時期もあった
そうなのですが、先の大戦の焼夷弾の落ちた後を雨漏りしない程度に
補修したっだけの姿で国立図書館として使っていた時期もあったそうで、
迎賓館として改修されたのは、昭和42年になってから。

そうして賓客を迎えるための、国立の宿泊施設に姿を変えたのだそうです。
私たちが見学できるのは、様々な行事に使われる広間のみ。
宿泊の部屋がどこにあって、何室あるのかなどは、セキュリティ上の理由で
公開されていないのだそうです。

平成18年に、近代建築としては唯一、国宝に指定された建物となっています。

この建物が建てられた時期は日露戦争などの時期に重なり、非常に軍事色の
強い時期だったそうで、内装もそうなのですが、外観にもその影響が色濃く
でていますので、その辺りもご紹介していきたいと思います。