『東日流外三郡誌』って知ってますか❓
『つがるそとさんぐんし』と読みます。



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江戸時代、安東家の末裔である秋田孝季(たかすえ)が秋田の殿様に「秋田家の歴史を調べて欲しい」と依頼されました。

秋田孝季は親戚の和田長三郎(吉次)を伴って日本各地を訪ね歩き、現地に残る伝説を集め文書にまとめました。




後に火災などで正本は失われてしまい、和田長三郎のもとにあった副本だけが残りました。

和田家の末裔は時の権力者による焚書を免れるため
洞窟や屋根裏などにに隠し、他言無用、門外不出として大切に文書を守ってきました。



昭和になって文書の存在が明らかになりました。東日流外三郡誌は一大ブームとなりましたが、奇想天外な内容から偽書説が唱えられそのブームが終わってしまいます。

そのまま令和、東日流外三郡誌を知る人は地元でも少なくなってしまいました。

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と、かなーーりザックリですが背景を述べてみました。もし私の認識が間違ってたらごめんなさい。(あんまりあてにしないで💦)

それでこの『東日流外三郡誌』とは和田家に残された文書、通称『和田家文書』の中のひとつです。

『和田家文書』には他にも沢山あって、その一部は書籍になっていたりネットで公開されているものもあります。


読んでいくと同じ内容のものかあったかと思うと、内容が矛盾しているものもあったりします。これは各所に散らばった伝説を真偽問わず全て残したためだそうです。なので編者の秋田孝季は「真偽は後世に委ねる」としています。




TOLAND VLOGさんのチャンネルで分かりやすく東日流外三郡誌が紹介されています。文字を読むより映像で見る方が楽しいね😀


次はその奇想天外な内容について少し紹介していこうかなと思います。

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