こんばんは‼️全国を拠点に『遠隔チャクラ調整』(dream blossom realize®)・『LOVE&マネー調整』(dream blossom realize®)&カードリーディングをしている☆WEAPON★こと上田麻祐弓です。
昨日は☆西山律子さん★招致で秋の京都を少し違った目線で楽しむ 京都魔界ツアー 昨日のBlogでは 会談が始まりそうな雰囲気を出してた こちらの写真
で 続きをお楽しみに〜っで終わったので、Blogを読んでくれた方の殆どが 『この目線の先には何があるんやぁ〜꒰✩''ω`ૢ✩꒱』って気になってると思うので続きのレポスタートです...φ( ̄▽ ̄*)
アッ!スタート前に昨日のBlog見てないよって方は☆秋の遠足in京都前編★も良かったら読んで見てくださいね( ´ ▽ ` )ノ
美濃吉会談wwwならぬ この写真皆んなが 見ていたものとは………
こちら↓
『京都おもしろご利益絵図』の和紙ランチョンマットだったのです(´◡`๑) 距離感はメッチャ圧縮されてますがw
けど 京都の神社やお寺や行事がビッシリこの一枚に詰まっているのです꒰✩''ω`ૢ✩꒱
私もちゃっかりお持ち帰りましたwww( ̄ー ̄)
そして美濃吉さんで食べたお昼ご飯は 京弁当
どうです♪この豪華さ(ノ∀\*)お弁当ってレベルじゃないでしょ(;OдO)
そして ご飯を食べた後 一行が目指した先は………大将軍八神社へ
ここで 大将軍八神社の御由緒
延暦十三年(七九四年)平安京遷都の際、桓武天皇の勅願によって奈良春日山麓より大将軍神を平安京大内裏の北西角(陰陽道の天門)の地に勧請し、国家守護、国民の繁栄を祈念したのが始まりとされています。
大将軍神とは、陰陽道・道教の信仰による方位を司る星神であり、この神の方位を犯すと厳しい咎めを受けるというので、古来非常に恐れられてきたんですね_φ(・_・。
社号は初め、陰陽道のお堂として「大将軍堂」と称され、応仁の乱の荒廃後に神社として復興。江戸時代中期に大将軍神を始め暦の神八将軍と、素戔嗚尊とその御子八神が習合。又、聖武・桓武天皇を共にお祀りし、「大将軍八神社」と改称。
明治の改正によって陰陽道等の外来神はバイオされ、以降現名称となったようです_φ(・_・。
また、この日は 本来事前に予約をしないと入れない 方徳殿(宝物庫)も拝観させてもらえることに(o˘◡˘o)
こちらの方徳殿には百余体の神像が収められ、そのうち八十体は重要文化財指定!(◎_◎;) 神像の多くは、大将軍信仰の最盛期でもあった平安中期から鎌倉時代のものなんです。
また、陰陽道阿部家の古天文暦道資料(府文)も展示されています。
方徳殿の中は、撮影NGだったので画像はありませんが、ずらっと並んだ神像はとても荘厳な雰囲気で体に感じる空間のエネルギーもとても凄まじかったです。
お参り終えて 次に向かった場所は京都御所 このお話はまた次回のレポにて書きたいと思います( ´ ▽ ` )ノ本日も 御付き合い下さり有難うございました♪
自分なりに調べた情報なので追加情報や間違ってる所があったらコッソリ教えてください_φ(・_・。




