bach-dschさんのブログで国語便覧について書かれていた。
そういえば⋯と思い出したことがある。
教員を退いて小学生以上の学生の個人指導をしていたとき、高校生を指導していて、
国語便覧を1冊持っていたほうがよいと思っていた。
ところが、例のコロナウイルス騒動で、基礎疾患(脳梗塞)を持っている私を保護者が、万一、自分の子どもから私にコロナが移っては大変と気遣ってくれて、私は罹患することもなく今日まで生きているが、個人指導は開店休業となった。
よって国語便覧のことはすっかり頭から消えていた。
国語便覧についてGeminiに訊いてみた。
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(質問)
国語便覧はいつ頃から高校の国語の副読本になった?どのように使われた?
(回答)
高校の国語の授業で欠かせない副教材「国語便覧(資料集)」は、昭和の中頃から普及し始め、特に1970年代から80年代にかけてカラー化や写真・図版の拡充が進み、全国の高校で定番の副読本として定着しました。
普及の時期
1950〜60年代(白黒・単色の時代): 戦後の新制高等学校の発足に伴い、文字中心の文学史年表や国語知識をまとめた白黒の小型冊子・参考書として登場しました。
1970年代〜(カラー化と定着): 第一学習社や浜島書店などの学校教材出版社が「カラー版」を発行し始めました。 visual化された豊富な図版と解説が教科書を補う教材として高く評価され、全国の高校で一括購入される副読本としての立場を確立しました。
学校での使われ方
授業での役割は、主に「文字だけではイメージしにくい文化・背景をビジュアルで補完する」という点にあります。
古典(古文・漢文)の世界観の可視化 平安貴族の装束(十二単や束帯)、寝殿造の構造、牛車、年中行事などを写真やイラストで確認する際に使われました。文脈や言葉だけでは掴みにくい当時の文化や生活様式を視覚的に理解する助けになります。
文学史の体系的な把握 上代(古事記・万葉集)から現代文学までの時代区分、作家の系図、作品の相関図、年表などを参照し、文学史の全体像を把握するために活用されました。
作品の背景理解 小説や論説文の授業において、著者の顔写真や生家、時代背景、登場人物の人間関係図などを確認する補助資料として用いられました。
国語知識・文法の辞書的利用 文法一覧表、和歌の修辞法(枕詞・掛詞など)、原稿用紙の書き方、手紙のマナーなどの実用的な知識を辞書代わりに調べるツールとして利用されました。
授業で指示されたページを開くだけでなく、図鑑のような情報量の多さから「パラパラ眺めるだけでも楽しい読み物」として生徒に親しまれてきた歴史があります。
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私は国語便覧なるものを知らなかったし、授業でも使われていなかった。
私が通学した高校(現在、校名は同じ高校は在るが当時の面影はない)は、当時、進学校として県内に名を馳せていた。
私が在学したのは1972年からの3年間だが大学入試に向けて寸暇を惜しんで勉強することを強いられて、生徒もそれが当然だと思う風潮があった。
だから副読本などを使う余裕がなかった。
私は当時「受験戦争」といわれた時代の教育課程最後の学生だった。
今日届いた国語便覧を見て驚いた。国語の学習資料に限らず、言わば文系生徒御用達の百科事典だ。
このような教材を使って勉強できる現役高校生は幸せだと、つくずく思った。
また、大人になった人も読んだらすごく面白くて興奮するだろう。
ときどき、このブログに書くかも知れない。
