ヘルパーさんが来る時刻までにいくつかの準備をしている。古新聞もそのひとつ。
昨日準備した古新聞の書籍広告に気になる本が載っていた。
アマゾンの商品説明を引いたあと、Geminiに調べさせたことをまとめる。
まずはアマゾンの商品説明を引く。
ふたりの祖国 Kindle版
言論で日本の軍部を牽引する徳富蘇峰と、
アメリカの地から日本に警鐘を鳴らし続ける朝河貫一。
直木賞作家が透徹した「史眼」で描くアジア・太平洋戦争――。
佐藤優氏、激賞!! 国家の悪に切り込んだ感動の書
1931年、満洲事変勃発――後に戦前、戦中最大の言論人と呼ばれた徳富蘇峰は、
東條英機ら軍部と結びつき皇国主義、軍国主義の世論形成に大きな影響力を与えていた。
イェール大学教授で歴史学者の朝河貫一は、アメリカで激化する反日世論に晒されながら、日米融和を唱え、祖国の未来に警鐘を鳴らし続けていた。
日本は満州事変から、中国との戦争が泥沼化していきアメリカとの対立も深刻化していく。
蘇峰は日本で、朝河はアメリカから言論の力で祖国のために戦い続けるが、
日米開戦は避けられない状況へと陥っていく。
1941年12月、朝河はルーズベルト大統領から昭和天皇への親書を起草し、
開戦の回避、そして和平を目指すが……そこには予想だにもしない国家の罠が仕組まれていた。
はたして天皇を、祖国を守ることはできるのか。
国家存亡の危機から祖国を守るために戦った朝河貫一と徳富蘇峰――。
真の愛国者は誰だったのか。祖国の未来を開いたのは誰だったのか。
真逆の思想をもった「ふたり」から見える真の正義とは。
戦後80年を迎え今、透徹した「史眼」で
満州事変から日米開戦を描く渾身の歴史小説。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
商品説明に「戦前、戦中最大の言論人と呼ばれた徳富蘇峰は、皇国主義、軍国主義の世論形成に大きな影響力を与えていた」とあった。
私が知る徳富蘇峰はNHK大河ドラマ「八重の桜」で、キリスト教信徒として熊本から上京して、新島襄が創設した同志社英学校に転学した青年だった。当時の名前は徳富猪一郎と言った。
どうして彼が軍国主義のインフルエンサーになったのか疑問があり、Geminiに調べさせた。以下、抜粋する。
--
Gemini との会話
(質問)徳富蘇峰が同志社の学生の頃の名前は?
(回答)もし一般的な歴史知識としての回答をお探しであれば、徳富蘇峰が同志社(同志社英学校)に在学していた当時の本名は**徳富 猪一郎(とくとみ いいちろう)**です。
ドラマでも描かれていた通り、彼は「熊本バンド」の一員として同志社英学校に転校してきましたが、新島襄(オダギリジョーさん)の教育方針に反発してストライキを起こすなど、かなり血気盛んな学生時代を過ごしていました。
(略)
猪一郎が「蘇峰(そほう)」という号を使い始めるのは、同志社を中退して故郷の熊本に戻り、私塾「大江義塾」を開いて言論活動を本格化させてからのことです。
(略)
新島襄との絆: 激しく対立した時期もありましたが、新島は猪一郎の才能を高く評価していました。新島が亡くなる直前、病床に駆けつけた猪一郎に対し、新島は「君は僕の代わりに、日本の精神的な指導者になってくれ」という趣旨の遺言を託したと言われています。
(略)
徳富蘇峰はその後、昭和にかけて巨大な歴史著作『近世日本国民史』を書き上げますが、戦後はA級戦犯容疑者(のちに不起訴)となるなど、波乱に満ちた生涯を閉じました。
『八重の桜』で描かれたあの若々しい猪一郎が、やがて日本の進むべき道を巡って苦悩し、肉親ともぶつかり合うことになると思うと、ドラマのシーンもより深く感じられますね。
(略)
--
