2015年1月17日のリブログ。
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今朝の日本テレビ系列のニュース番組「ウェークアップ!ぷらす」で、司会の辛坊治郎氏が「復興という言葉は阪神・淡路大震災のあとに使われ始めた」と発言していました。
しかし、実際には、1923年9月1日の関東大震災のときには使われていた言葉であると、正しておきたいと思います。
1995年1月17日や2011年3月11日の大震災を思うとき、いつも読み返す新聞記事があります。
読売新聞(2012年3月12日)の連載記事「翻訳語事情」です。この日の執筆担当者は齋藤希史(さいとうまれし)氏で、記事のタイトルは「renaissance ルネッサンス」でした。
私のデータベース「教材帖」から、以下に引用します。読みやすいように改行を加えてあります。またアンダーラインはブログ筆者によります。
《翻訳語事情》 renaissance ルネッサンス
復興は古くからある漢語だ。復マタ興オコル、復マタ興オコスと訓読できるように、一つの熟語としてとらえるべきかどうか微妙な例もあるが、『史記』にも『日本書紀』にも復興の2文字は見える。
しかしながら、明治初期において復興が翻訳語として積極的に用いられたようすはない。
reconstruct リコンストラクト や revive リバイブ など復興で訳せそうな語も、当時の辞書では再建や再興、再生などの訳をあてるのが通例だ。熟語としての復興は再建や再興にくらべて意味がやや重く、王朝や学芸の復興など、時代の変化を感じさせる歴史的なことばとして使われることが多かったためかもしれない。少なくとも日常に使われる漢語ではなかったのは確かである。
実際に、明治期における復興という語はおもに歴史教科書などでよく使われた。なかでも象徴的なのはルネッサンス。最初は文芸再興と訳されていたのだが、明治30年代には文芸復興が大勢を占める。復興期、復興時代とも訳される。翻訳語としての復興は、やはり歴史の語として定着した。
それが一気に日常のことばとなったのは、大正12年(1923年)9月1日の関東大震災がきっかけである。詔勅に帝都復興が掲げられ、政府に帝都復興院、のちに復興局が設けられた。新聞紙上に復興の2文字が見られない日はなく、人々は復興を合言葉にした。
このとき再建でも再生でもなく復興という語が選ばれたのは、やはり歴史的な危機に直面したと言う実感ゆえだろう。同時に、震災によって破壊された都市を復旧させるだけでなく、社会のしくみや文化のありかたも含めて、新しい時代を切り開こうという意志もまた、そこから読み取ることができる。
そして私たちはいま、それから何度めかの復興の2文字を毎日目にしている。今後は少し工夫をしてみよう。リバイバル、リコンストラクション、ルネッサンス。またおこる、またおこす。復興をよくあるスローガンにしてしまわないためにも、復興につながるさまざまなことばへと、一人一人の語感に応じて逆に翻訳しなおしてみてはどうだろうか。新しい時代とことばがそこから開くこともきっとあるはずだ。
(齋藤希史/2012.3.12読売新聞)
私の居住地も、3.11では被害を受け、弟が勤務するヨットハーバー管理会社(2017転職)も、津波で社屋ごとすべてを流され、昨年4月に、ようやく復旧しました。
流されて破損したヨットのオーナーとの協議が現在も続いています。
日本列島のどこもかしこも不気味な前兆が続いています。居住地も、地面が揺れない日はありません。
今日思うのは、阪神・淡路大震災と大学入試センター試験に臨む受験生たちのことです。