2014年6月1日のリブログ。

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週に3~4回、拙宅にお茶を飲みに来る現在90歳に近い老婦人がいます。
この老婦人は昭和58年度まで小学校教師をしていた人であり、当時20代の私の同僚でもあった人です。現在は、朝から夕方まで一人で留守番するのが苦痛だと言って、私の母とおしゃべりをすることを無上の楽しみにしているのです。

「そうだ!Y先生(老婦人)に、子ども時代どのように仮名遣いを教わったかを訊いてみよう。」と思い立ち、先日、わくわくしながら尋ねてみました。

「Y先生は昭和10年代に学生時代を過ごしたと思うのですが、Y先生が小学生のときに習った仮名遣いは現在の仮名遣いと違いましたよね? たとえば、“蝶々”を“てふてふ”と書いたでしょう? “銚子”は“てうし”でしたね。私は戦後の教育を受けましたから、“蝶々”は“ちょうちょう”、“銚子”は“ちょうし”と習いました。私は、同じ“ちょう”の平仮名を“蝶”は“てふ”、“銚”は“てう”と漢字ごとに書き分けることは、子どもにとっては難しいと考えているのですが、Y先生の年代の、
当時の子どもたちは書き分けをどのように教わったのでしょうね? 特別な文法や仕組みを習ったのですか?」

すると、Y先生から拍子抜けするような回答が返ってきました。

「特別な文法などは習いませんでした。教科書を開きながら担任の先生が黒板に書くとおりに読み書きを真似しただけでしたよ。」

90歳近い老婦人の発言の信憑性は不確実なものだとは思いますが、いまだに頭脳明晰なY先生の発言のすべてを否定することはできません。
Y先生の発言を完全否定しないで推論してみます。
「戦前から昭和20年までの子どもたちは、おそらく教科書を最も基本的なテキストにして、教師の指導や板書を、そのままに読み書きしながら、自然と歴史的仮名遣いの語彙を増やしていった。」
この推論が正しいのかどうか、ご教示願います。

私は、5月13日のブログ(2024.11.26現在、ブログ見当たらず)に次のように書きました。
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歴史的仮名遣いが、まだ「歴史的」ではなく「現役の日本の仮名遣い」だったころ、日本人は辞書を頼りにして、手紙を書いたり論文を執筆したりしたのではないだろうか。そして、現代以上に、当時の辞書は、生活必需品だったのではないだろうか・・・(略)漢字の扱いが、国語辞典編纂の重要ポイントだったのではないか・・・

今、改めて思うに、当時の辞書は歴史的仮名遣いで書かれているわけだから、辞書を引くためには歴史的仮名遣いの使い分けを習得していなければならないはずだと考えを深めた次第です。