このところ朝ドラ「らんまん」を面白く視聴している。
今朝は、万太郎が手際よく標本作りをしたことを学生や教授が驚きながらも褒めた。
朝ドラを見ながら教育に思いを馳せた。
ここでいう教育とは大学時代のゼミと教員になってから教育研究の師と仰いだ校長から学んだ教材研究のことである。
大学時代のゼミは、アメリカの教育行政制度の研究をしていて、ゼミでは、ひたすら原書を読んで(輪読して)ディスカッションしたものだ。
このときの恩師は青木薫先生といい、千葉大学教育学部で薫陶を受けたことを皮切りに、私の人生の節目節目に私の目の前に登場した恩師だ。
大学のゼミでは英語の原書を輪読するときに青木先生はおっしゃった。「ペーパーバッグの原書は辞書無しで速読できなければだめだ」と。
しかし、私は辞書無しで速読するだけの力量がなかったので、当時は電子辞書もインターネットもなかった時代だから、片手で使える英和辞典を2冊用意した。1冊目は三省堂のコンサイス英和辞典。学習英和辞典というより原書を読むことに力点をおいたわけだから、小型辞書で十分だった。2冊めはさらに収録語数の多い研究社現代英和辞典だ。
青木先生とはその後、大学院(兵庫教育大学)でも修士論文作成を目指す課題研究(ゼミ)でお世話になった。まもなくM2(院の2年生)になる3月末、青木先生は広島大学教育学部に栄転なさった。
朝ドラの教授が英語で講義する場面があって、以上のことを思い出した。
教員になって教育研修集会(教研)が年に数回あって、教員3年目からはずっと学級経営部会に属した。そこで指導を受けたのが私の所属校の隣の小学校(興野小学校ーこうやー)の校長をしていた岡田勝太郎先生だ。岡田先生にどうしても指導を受けたくて、自分の所属校の校長・教頭に「どうしても教育研究上の課題が解決できないので、岡田校長に指導を仰ぎたいので、許可をいただきたい」というと、所属校の校長は二つ返事で岡田校長に連絡を取ってくれた。
岡田校長の指導が忘れられない。すなわち、
「教研集会での現場教師の教材研究は、一人の100歩前進より、100人の一歩前進を目指すべきだ」
明治5年に政府が学制を発布したのも、国民の識字率を上げ、基礎学力をつけさせたいと考えたからだろう。まさに「100人の一歩前進」だ。
けれども朝ドラの万太郎はそうではなかった。
幼少時から藩校で学び、植物の勉強に特異の才能を示した。まさに「一人の100歩前進」だ。
こんなことを朝ドラを見ながら考えていた。
