今日の「花子とアン」は花子にとっての最初の卒業生を送り出す場面でした。見ていて、教職初年度・二年目に小学5年・6年と担任を持ちあがった、初めての教え子40人を昭和56(1981)年3月に、初めて送りだしたことを思い出しました。

 

最後の1年間の課題は、

①他校にない卒業文集を教え子40人と担任の計41人で作り上げる。

②日々の自学で鍛えてきた「自学ノート」を発展させた「卒業論文」を1年かけて作り上げ、年度途中で「中間発表会」をおこない、年度末には「卒論発表会」を開催し、卒業論文は担任が保管しておき、20歳の成人式にひとりひとりの自宅に送付する。

…でした。

 

①も②も実現しました。

①の卒業文集は、書庫に格納してあると思いますが、紙製でしかも1981年作成・製本ですから、後日、探して写真に収めたいと思っています。

300ページ近い、ボールペン原紙に子どもたちが書いて、私が輪転機を回し、子どもたちが分担して全ページ色鉛筆で着色した大容量の卒業文集でした。

前半は、文集以外のイラストやアンケートなど、後半はいわゆる文集です。

分厚くなったので、製本は印刷屋さんに依頼しました。

 

②は、自分自身が大学卒業時に体験したことでした。学校の体育館を借り切って、盛大に実施しました。卒論テーマは、ひとりひとりの自由にしました。「野球で変化球を投げる方法」とか「江戸幕府が長年続いたわけ」とか、

バラエティに富んだものでした。

 

今日のブログで書きたいことは、卒業式です。

私自身は緊張で、泣くどころではありませんでした。保護者のお母さん方は、卒業証書授与の場面で涙を流し、私は足がガクガクになりながら、40人の呼名をしました。

呼びかけの場面では、子どもたちは堂々と呼びかけを行いました。

呼びかけの過程で、3か月くらい練習した「6年1組のみんなが好きだった歌」として、「アニーローリー」を3部合唱で歌い上げました。楽譜は私が3部合唱に書き上げたものでした。学生時代の吹奏楽とオーケストラの経験が役立ちました。たしか、当時、NHKで「名曲アルバム」で聴いたことがきっかけで、学級の歌に決めた曲だったと思います。

私は突然、感情がこみあげてきて、号泣しました。

最後の卒業の歌の場面では、「仰げば尊し」と「蛍の光」を3部合唱で歌い上げました。当時はこの曲が定番曲でしたが、私はユニゾンではなく、3部合唱に仕上げたいと思い、3か月前から練習したのでした。

子どもたちも保護者も教師たちも来賓もみんな泣きました。

式終了後、合唱曲がよかったと、来賓からお褒めの言葉をいただきました。

 

こんなことを、今日の「花子とアン」を見て思い出しました。

自分用メモとしてブログに残しておきたいと思いました。