本日の「花子とアン」第43・44話は、花子が新任の小学校教師として赴任した初日と第2日目を描いていました。自分の初任時代を思い出して、感動しながら見ました。
昭和54(1979)年3月に大学を卒業し、翌月4月には居住地西部地区の農村学区の小規模小学校に赴任し、単学級(学年1学級のみ)の5年生を担任しました。当時の校舎は木造で、戦前の講堂が残っていました。
その講堂は朝ドラ「澪つくし」に高等女学校の講堂として登場しました。
若い教師には難しい校務分掌もなく、休み時間には子どもたちと遊ぶことがなにより楽しかったことを覚えています。
教職初年度の晴れた秋の日、教頭に「○○(地区名)の◎◎寺に県展の絵を描きに行ってきます。午前中で帰ります」と断り、子どもたちに画板を持たせて、農道の畦(あぜ)道を徒歩15分かけてお寺までいきました。なぜかドッジボールや縄跳びも持たせていました。
子どもたちが「(隣町の)◎◎神社に行きたい」と口々に言うので、「よーし、行こう!でも距離はそうとう歩くぞ、大丈夫か?」と確認して、当地区では七五三(帯解き)で有名な神社です。小1時間歩き、神社の境内に着くと少しだけ絵を描かせ、縄跳びで大いに遊び、正午に帰校しました。
教頭に帰校を告げると、教頭が子どもたちの絵を見ると、「なんだかお寺というより神社みたいだな」と苦笑いしました。
今考えると安全上の問題になると思いますし、指導計画外のことですから、決して良いこととは言えませんが、あまりに懐かしい思い出になりました。