ここ数日、調べている言葉があります。それは「無念」です。

例えば三省堂現代新国語辞典第六版では、

--ここから

むねん【無念】<名・形動>❶何もよけいなことを考えないようす。「-夢想」❷ひどく くやしがるようす。「-の涙なみだをのむ」[派生]無念がる

--ここまで

 

国語大辞典 Bookshelf Basic 2.0版では以下のようでした。

 

むねん【無念】
1 仏語。①想念をはなれた無我の境地にはいって何事も思わないこと。正念。無想。②とらわれを去った思い。執着のない正しい思い。③心の動揺をしずめて行う念仏のこと。
2 (形動)くやしいこと。口惜しいこと。残念。*江談抄‐五「不二躰凡一只無念也」
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

 

どちらも語釈❶と❷とは相反する内容です。

❶は国語大辞典に「仏語」とありますので、仏教の言葉であることがわかります。❶では「無我の境地」とか「とらわれを去った思い」であり、❷では「くやしい」とあり、「無我の境地」とは相反します。真逆といってもいいでしょう。

 

どうしてこのように相反する語釈があるのか、数日調べていましたが、確たる理由が見当たりません。

「コトバンク」で多くの辞書を読みましたが、わかりません。

質問を書き込んで、不特定の人が回答を書き込むというサイトを複数検索したところ、❶は「正念のこと」、❷は「正念をなくすほど悔しがる(口惜しい)こと」という回答を見つけました。


しょうねん(シャウ‥)【正念】
1 仏語。八正道の一つ。よこしまな心を離れ、真理を求める心をつねに忘れないこと。
2 心の乱れを去った安らかな心。雑念を払った心の安定した状態。
3 一心に仏を念ずること。またはその乱れることのない信心。
4 平常の心。正常で乱れのないしっかりした心。正気(しょうき)。
Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988/国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988

 

別のサイトでは、❷は「残念無念」の四字熟語から「残念」の2文字がとれて使われるようになった、との考えを示す方もいらっしゃいました。

 

これらがもっとも相反する語釈が存在する理由に近いと思いますが、なぜ1つの言葉に相反する語釈が成り立っているのか、しっくりきません。

まさに「無念」です。