ゴールデン・ウィーク最終日の午後、「日本国語大辞典 初版20巻」ほかの書籍がダンボール8箱にまとめられ、古書店に引き取られていきました。複雑な思いから溜息が出ました。

それにしても宅配業者さんは私には持てないダンボールを、2箱ずつ軽々と運んでいきました。敬服しながら驚きました。

 

以下、自分用メモです。

 

2018.5.2読売新聞解説欄「想う2018」から

(太字はブログ筆者による)

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(リード文)

テレビの情報・報道番組でおなじみのロバート・キャンベルさんの本職は日本文学研究で、近世・近代が専門だ。日本に暮らして30年余、昨春からは国文学研究資料館長を務める。明治維新150年を巡る想(おも)いを語ってもらった。

 

(大見出し)

豊かな日本語 維新が変えた

 

(中見出し)

言文一致で過去と断絶 外来語取り込む力は今も

 


(小見出しとブログ筆者による要約)

大きな分岐点

◎ 1868年の「御一新(ごいっしん)は大きな分岐点。

◎ 社会・文化の断絶/連続は一概に言えない。

◎ 危機に直面するのは1945年の敗戦後の占領期。

◎ 庶民の暮らしは明治10年代までは江戸の頃と変わらない。

◎ 世界史的には、明治維新は同時代の米国、ドイツ、イタリアの国造りと相通じる動き。日独伊3か国は後発の国民国家として工業化と軍備強化にまい進する。

◎ 日本の場合、明治10(1877)年の西南戦争が国民意識をつくる1つの契機になった。

◎ 維新後最大の内戦(西南戦争)は、新聞記者の派遣、電信網の整備により、初めて実況に近い形で報道された。

◎ 西南戦争終結後は、江戸時代から続く、草双紙(絵と文の一体となった物語)が大流行した。

◎ 新しいメディアの新聞と、古いメディアの草双紙・錦絵を通じて人々が情報を共有し、共同体意識を作り出す弾みになった。

◎ 絵と文が1つの作品としてあるのは、日本独自の伝統で、その延長線上に漫画の隆盛、世界一わかりやすい日本のトリセツ(取扱説明書)がある。

 

(小見出しとブログ筆者による要約)

東京銀街小誌

◎ 明治政府が断絶を主体的に選択した例として銀座の誕生がある。

◎ 首都のど真ん中に外国の都市空間を出現させ、明治15年には街として機能した。

同年に出た「東京銀街小誌」に詳しく描かれた。
◎ 東京銀街小誌は漢文で書かれている。
◎ 古文、擬古文、候文など、当時の日本語は様々な文体が使われていたが、事物の実態的描写には漢文が適しており、「オヤジノハラノウチ」「サカズキノヤリトリ」などの俗語のルビが言文一致の兆しとなった。
◎ 言文一致は断絶を主体的に選択したもう1つの例。
◎ 国民国家をつくるには鉄道や通信など社会基盤だけでなく、言葉の面でも日本列島を1つにつなげる必要があった。
(ブログ筆者註;大槻文彦博士の国語辞典「言海」執筆が思い出される)
◎ 中央政府に忠実で、納税や徴兵に応じる国民に変える布石の一つが言文一致だった。
◎ 明治10年代に木版に代わって活版印刷が支配的になることも相まって、書き言葉は急速に言文一致に染まってゆく。
◎ 文学も変わる。言文一致の作品が生まれる。二葉亭四迷の「浮雲」、山田美妙(びみょう)の「武蔵野」が書かれるのは明治20(1887)年である。
 

(小見出しとブログ筆者による要約)

滅びはしない

◎ 「日本語が亡(ほろ)びるとき」という評論を10年前に出し、英語一強時代、日本語は滅びると警告した。

◎ (ロバート・キャンベル氏は)日本語が滅びるとは思わない。今の日本語は、英語を貪欲に取り込んでいる。生体システムのように、分解し、吸収している。

◎ そもそも日本語は漢語を食べて育った。

◎ 日本文学の進む方向は幾つかある。人として共有すべきものを世界の細部から丹念に積み上げてゆくことの可能性に期待したい。

--ここまで

 

明治時代について、さらに研究すると面白いことがわかりそうです。「言海」のことを書いた「言葉の海へ」を再読したくなりました。