大湾節子さんの著書『幻の旅路』の
「第2章 1979年、第二回目の旅」
9月3日~9月24日 22日間 五ヶ国(ツアー)
イタリア→オランダ→ベルギー→フランス→イギリス
の読後感の続きです。
本書からの引用はブログの引用機能を使って表記します。
なお、引用文中、(略)はブログ筆者による省略です。
69頁
パリで、ジャン・ピェールと
9月14日 パリ
ツアーの朝食は大広間でビュッフェスタイル。最初のうちは楽しみだったが何回もツアーに参加すると、どこのホテルの朝食も同じようで味気なくなってくる。
それよりも、彼の小さな世界がとても新鮮に映る。イギリス製のティーポット、同じく三角にパンを切って立てるステンレス製のトースト立て。彼が使っているものを何でも買って帰りたくなる。単調なロス・アンジェルスの生活に少しでもヨーロッパの香りを入れたいからだ。
旅慣れてくると、同じような食事スタイルに多く出くわすのでしょうね。こういうのを「食傷」というのでしょうか。「食傷」と「定番」とには微妙な差がありますね(笑)。
大湾さんとジャン・ピェールは、本当に仲の良い友人になっていたのだな、と、思いました。
また、大湾さんはロス・アンジェルスの、おそらく大湾さんにとって第二の故郷と呼んでもよい自宅での生活が「単調」に感じるほど、アメリカでの生活が定着していたのだろうか、はたまた、本当に「殺風景」な自宅を何とかしたいと思っていたのだろうか、などと、あれこれ想像しました。
「単調」という言葉で、高校1年のときの英語のReaderの授業で読んだ小説(題名は忘れましたが欧米の古典的小説だったと思います)に頻繁に monotonous という単語が出てきたことを思い出しました。今、うっすらと記憶の彼方から浮かんできた小説の名前は「ディビッド・カパーフィールド」ですが、正解かどうかは定かではありません。
朝食が終わると、モダン・ミュージアムに連れていってくれる。管内には一緒に入ったが、なかではまったく別行動。好みが違うから、立ち止まる作品も違う。
「なかではまったく別行動」というのは、最初に読んだときは「二人の関係は妙だな」と思いましたが、ああ、そうか、お互いを尊重し合っているからこその行動なのだな、と、気づきました。
70頁には197909.14の日付とともに 「柔らかい秋の光の中で オーギュスト・ロダン作『接吻』」という彫刻 の写真が1枚掲載されています。ミュージアムで見たこのロダンの彫刻が、大湾さんにとってのパリという街と文化の象徴だったのでしょう、と、想像しました。
「いいわね。ジャン・ピェール。パリには貴方の欲しいものが何でもあって。目の保養になる若くて美しい娘や、心の保養になる文化や芸術、それに胃袋を満たしてくれる美味しい食べ物もね」「そうさ。それで僕はパリから絶対に離れられないんだよ」「じゃあ、また会いましょう」。バスが来て、お互いにそう言って別れた。
その後、彼とは毎年パリを訪れるたびに再会し友情を深めた。
「男と女の間には友情は存在しない」などというセリフをテレビドラマや大衆小説で何度か見聞きしましたが、大湾さんとジャン・ピェールとの間には、毎日会えない二人だからこそ、「一期一会の継続」イコール「友情の継続」だったのだな、と、想像しました。
70頁
ロンドンで会った男性たち
9月21日 ロンドン
今日はおかしな日でロンドンの町なかを歩いていたら、色々な国の男性に出会った。
(略)
そして「君一人? 僕、ポルトガルからの留学生で、大学院に通っているんだ。僕はこれから論文の準備で大学に行かなくちゃならないけど、よかったら帰りに家に寄っていかない?」と、馬鹿に馴々しい。こちらがあっけにとられているのも構わず、論文のペーパーの片隅に名前と住所、それに電話番号を書いた所をちぎって手渡し返事も聞かずに「じゃあ、またね」と、さっさと向こうへ行ってしまった。三角形の紙切れをその場で捨てようかと一瞬迷ったが、一応バッグの奥にしまい込む。
このやりとりは、ポルトガル人の留学生個人の個性なのか、それとも欧米の若い男性にはありがちな行動なのか、私にはわかりませんが、私自身が大学・大学院を通してずいぶんと課題研究の論文を書いていましたから、論文の用紙の片隅をちぎるというのはいかがなものか・・・などと苦笑いしてしまいました。
(つづく)
