今朝のモーニングショーで、糖質制限ダイエットの提唱者が急死したことを知った。何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」のとおりの出来事だと思った。実は、糖質制限関連の書籍広告を新聞で頻繁に目にするにつけ、頭脳をすっきりさせるために「これはひとつ、素人学者も実行してみるかな!」と考えていた矢先のニュース報道だったので、「実行してみるかな」の「!」マークが一気に「?」から「×」マークに変わった。そして、叔母から貰ったメリーチョコレート製の板チョコをバリバリムシャムシャと頬張りながらこのブログを書いている。

 

閑話休題

 

ここ数日、腹に溜まった脂質が燃焼するように、知力の澱みを燃焼させる方法はないものか、学力の蓄えのない現在の生徒たちの現状を打破する勉強法はないものか、などと考えているうちに、結局、自分が高校生・大学生の頃の勉強法に思い至るのである。

こんな堂々巡りを何度も頭の中で繰り返している。

 

◎ 鉱物のように固まって、役に立たない知識を詰め込んでも、頭脳は悲鳴を上げるだけである。試験前の棒暗記でさえ、このような詰め込みは役に立たない。

 

◎ 応用の利く知識として勉強が役立つためには、上記のように鉱物を脳に詰め込む勉強ではなく、知識を滋養の溢れる液体のように頭脳に浸み込ませるような勉強をすべきである。

 

◎ そのことによって、頭脳が活き活きと働き出し、「一を聞いて十を知る」ような「陶冶する勉強」が成立する。

 

公立高校入試が実施された先週以来、こんなことを考えている毎日である。

手前味噌であるとは重々承知しているが、学生時代の自分や学級担任時代の自分が実践していたことを、現在の数人の生徒たちに注ぎ込む(そう、詰め込ませるのではない)ような指導を目指せばよいのだという思いが強くなった。

勉強には糖質制限ダイエットは不要である、のだ。