と、いうわけで、私は正真正銘、体の痛みを取るため、弟は体からアルコールを抜くために、12月29日、再び茨城県潮来市の温泉宿へと向かった。
前回11月30日とは男湯と女湯が入れ替わっていた。嬉しいことに、入浴料のサービスデーとのことで、通常700円が500円になっていた。
宿の最上階から見える絶景を、、脱衣所の窓から数枚写した。

鹿島コンビナートが東の遠くに見える。ズームで写した。
実は、鹿島コンビナートには「痛い」思い出がある。
1992(平成4)年、小学5年生を担任していた私は、バス4台を連ねて、社会科見学として鹿島コンビナートに向かった。朝から突然の腹痛。しかし、4学級を束ねての引率責任者として痛みに耐えながらバスに乗った。
学校からコンビナートまで約1時間。コンビナートに着くころには激痛で脂汗が出て、バスの中で動けなくなった。同僚の3名に事情を話し、私はバスに残り、見学が終了するまでの2時間、後部座席で横になっていた。
同僚にも子どもたちにも心配をかけながら、帰路、途中下車して病院へ。
診察の結果、尿管結石だった。この年が学級担任として最後の年になった。翌年、教育行政への転勤となったのだ。
忘れていた「痛い思い出」を思い出した。

宿の前を流れる川を利根川支流と思っていたら、霞ケ浦から流れてくる川だと知った。
北浦きたうらという、その川の対岸遥かに大きな施設があった。ズーミングして見ると、サッカーの鹿島スタジアムだった。私はサッカーについては門外漢だが、鹿島アントラーズというチーム名は知っていた。
窓の西側に、大きな橋が見えた。詳細は不明である。
2時間たっぷりと湯に浸かり、体の痛みがとれた。
前回同様、喜多方系のラーメン店に寄り、遅い昼食を摂った。今回はカツ丼単品とラーメンを食べた。ラーメンは絶品だったが、かつ丼は失敗だった。油が悪いのか、揚げ過ぎなのか、「臭かっ」た。
帰路、東日本では有名らしいホームセンターに寄って、1月から書き始める新しい教室だよりを保管するためのクリアファイルを3冊買った。ホームセンター独自の製品で廉価であるが非常に高品質なファイルで、まずいカツ丼を食べてしまったことへの後悔も忘れ、晴れやかな気分のまま、弟に感謝しながら帰宅することができた。
