佐藤一斎 著  久須本文雄 全訳注 『言志四録』 解題より
「二 内容」のつづきから

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 一斎が筆録した後半生における当時の社会的状況について、加藤咄堂とつどう氏がその『言志録』(平凡社『修養大講座』)に、

  其の間、社会の変転は著しく、其の執筆を始めた文化十年は
 徳川十一代将軍家斉の時代で、江戸文化は爛熟の極、頽廃の
 兆しを生じ、内には鎖国の夢未だ覚めざるに、海外の情勢は
 刻々我が周辺に迫るという有様であった。(中略)。其の最後の
 耋録の上梓せられた嘉永六年は、米艦が初めて浦賀に来り、
 幕府の威信漸く地を払い、国内の情勢一変せんとする時に当る
 という風であった。

と述べているが、かかる切迫した社会的情勢の下にあって、執筆されたのが『言志録』で、その変転する社会的環境からの影響もこれを否定することはできない。
 明治維新の英傑
えいけつ西郷隆盛(号南洲。一八二七 ─ 一八七七)は、一斎の『言志四録』を愛誦し、その中から百一条を抄録して金科玉条とし、常にこれを以て座右の銘とし心の糧かてとしていたのである。その百一条は、『言志録』から二十八条を、『言志後録』から二十条を、『言志晩録』から二十九条を、『言志耋録』から二十四条を、それぞれ抄録したのものである。南洲が『言志四録』から受けた影響は多大にして、けだし明治維新の原動力になったともいえる。秋月種樹は明治二十一年に『南洲手抄言志録』一巻を刊行している。
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(解題 二 内容 おわり)


 『言志四録』は、江戸後期から明治にかけての大混乱期に、佐藤一斎が人生を掛けて書き上げた書物であったことをよく理解することができた。
 西郷隆盛の愛読書であり、西郷隆盛は『言志四録』をもとに百一条を抄録し、久須本文雄博士は、『言志四録』が「 けだし明治維新の原動力になったともいえる 」と記している。

 明治維新といえば、現在NHKで放送されている連続テレビ小説(朝ドラ)の「あさが来た」が、まさに幕末から明治にかけての物語で、当時の庶民の習俗・時局を窺い知ることができて興味深い。あのような時代に生きていた人々、特に武士階級の人たちの精神的支柱になっていたのが佐藤一斎の『言志四録』だったのかもしれない。

 本書を読み始めて、まだ、「解題」の途中であり、『言志四録』の本文にも達していない。それでも、ゆっくり、じっくりと読み進んでいきたい。次回以降は、解題の「三 著者」を読んでいきたい。