『言志四録』について、初回のブログで、本書の序言を引用したが、私が省略した部分に本書の構成について述べられている箇所があったので、今回は、そこを引用して紹介し、本書がどのように編集されているかを確認したい。
--ここから
すなわち、最初に解題を設け、書名・内容・著者などについて概要を述べ、本文の各条は通釈・書き下し文・語釈・余論(▼印)に分けて平明に訳注をなし、余論には特に禅的と思われる語句については禅解と禅評をいれることにした。また、各条にはその要旨をまとめて見出しを付し、原漢文は都合で省いた。
この書が、文字通りの座右版として、修養や処世に、そして教育や学術に裨益ひえきするならば、幸いである。
--ここまで
《国語大辞典1988》

このブログでは、上記の構成に従い、書き下し文を紹介しながら読後感を書いていくことにしたい。
「余論には特に禅的と思われる語句については禅解と禅評をいれることにした」とある。「禅的」「禅解」「禅評」・・・・・・うーむ、やはり、植野明磧先生の名著『良寛さん』とつながった。
そこで、本書の全訳注者 久須本文雄 について確認しておこうと思った。表紙カバーの折り返しに久須本文雄の略歴があったので、以下に引用する。
--ここから
久須本文雄くすもとぶんゆう(一九〇八 ─ 一九九五)
明治四十一年、三重県に生まれる
昭和十一年、九州大学中国哲学科卒
新潟第一師範学校、日本福祉大学等の教授を歴任
著書に『王陽明の禅的思想研究』『宋代儒学の禅思想研究』『禅語入門』『貝原益軒処世訓』『日本中世禅林の儒学』『江戸学のすすめ』などがある
--ここまで
この略歴から、久須本文雄先生が、戦前、新潟第一師範学校の教授の任に就いていることを知った。新潟といえば良寛堂のある出雲崎を思い出す。まさに良寛和尚の生地である。しかも、久須本文雄先生の専攻は禅・儒学などであり、良寛和尚との接点が多くあることがわかった。
私は、本書のページを繰りながらブログを書いているので、本書の全容は現時点ではまったく知らない。読み進めながらブログを書くことを実に面白いと思っている。
つづく
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すなわち、最初に解題を設け、書名・内容・著者などについて概要を述べ、本文の各条は通釈・書き下し文・語釈・余論(▼印)に分けて平明に訳注をなし、余論には特に禅的と思われる語句については禅解と禅評をいれることにした。また、各条にはその要旨をまとめて見出しを付し、原漢文は都合で省いた。
この書が、文字通りの座右版として、修養や処世に、そして教育や学術に裨益ひえきするならば、幸いである。
--ここまで
《国語大辞典1988》
このブログでは、上記の構成に従い、書き下し文を紹介しながら読後感を書いていくことにしたい。
「余論には特に禅的と思われる語句については禅解と禅評をいれることにした」とある。「禅的」「禅解」「禅評」・・・・・・うーむ、やはり、植野明磧先生の名著『良寛さん』とつながった。
そこで、本書の全訳注者 久須本文雄 について確認しておこうと思った。表紙カバーの折り返しに久須本文雄の略歴があったので、以下に引用する。
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久須本文雄くすもとぶんゆう(一九〇八 ─ 一九九五)
明治四十一年、三重県に生まれる
昭和十一年、九州大学中国哲学科卒
新潟第一師範学校、日本福祉大学等の教授を歴任
著書に『王陽明の禅的思想研究』『宋代儒学の禅思想研究』『禅語入門』『貝原益軒処世訓』『日本中世禅林の儒学』『江戸学のすすめ』などがある
--ここまで
この略歴から、久須本文雄先生が、戦前、新潟第一師範学校の教授の任に就いていることを知った。新潟といえば良寛堂のある出雲崎を思い出す。まさに良寛和尚の生地である。しかも、久須本文雄先生の専攻は禅・儒学などであり、良寛和尚との接点が多くあることがわかった。
私は、本書のページを繰りながらブログを書いているので、本書の全容は現時点ではまったく知らない。読み進めながらブログを書くことを実に面白いと思っている。
つづく