今夜、テレビをつけたら民放のバラエティ番組が映りました。
「袖振り合うも多生の縁」と字幕が出ていました。
「えっ?多生?他生じゃないの?」と私。慌てて辞書を引きました。
《辞書を読む》 国語大辞典 新装版(小学館1988)
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たしょう(‥シャウ)【他生】 仏語。
1 この世から見て過去および未来の生をいう称。
2 そのもの以外の他の原因で生ずること。
他生の縁(えん) 「たしょう(多生)の縁」の誤用。「袖振り合うも他生の縁」
たしょう(‥シャウ)【多生】 仏語。
1 何度も生をかえてこの世に生まれかわること。多くの生死を繰り返して輪廻すること。
2 多数を生かすこと。「一殺多生」
3 「たしょう(多生)の縁」の略。
多生の縁(えん) 多くの生を経る間に結ばれた因縁。「袖振り合うも多生の縁」
たしょう‐こうごう(タシャウクヮウゴフ)【多生広劫・多生曠劫】 仏語。長い年月に多くの生死を繰り返して輪廻すること。多生劫。広劫多生。
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数十年の長きにわたり、「袖振り合うも他生の縁」と覚えていた我が身を恥じました。
閑話休題
連休中は仕事がないので、データベース「教材帖」の電子化を進めることにしました。「教材帖」第11巻63ページに、2012年11月24日付け読売新聞の記事を見つけました。
ブログで名著『良寛さん』の読後感を書いていますが、まさに、その良寛和尚のひらがな直筆が都内で再発見されたという記事です。
以下、新聞記事を引用します。
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(見出し)
良寛直筆のひらがな 専門家「可能性高い」
都内で再発見 短歌抄「あきのゝ」
(リード)
江戸時代の名筆として知られる禅僧の良寛(1758~1831年)が記した万葉短歌抄「あきのゝ」の原本とみられる本が東京都内で見つかった。これまで原本とされていた「安田本」の落丁部分が残り、池田和臣・中央大教授(日本古典文学)は「安田本の元の本であるのは確実で、本人が書いたものである可能性が高い」と判断した。近く出版する「あきのの帖(じょう)」(共編著、青簡舎)で発表する。
(本文)
「あきのゝ」は、良寛が50~60代の頃、万葉集の中で気に入った歌をひらがなで書き写したもの。現在知られているのは、日本画家の安田靫彦(ゆきひこ)が所蔵していた安田本だけで、これを原本として複製本も刊行されてきた。
今回見つかった本は、元三菱石油社長の竹内俊一氏が所蔵していたため「竹内本」と呼ばれ、1976年の死去後に所在不明となっていた。2010年秋に東京・神田町の古美術商の萬羽啓吾さんが入手した。
池田教授らが竹内本を初めて詳しく調査したところ、安田本と行変えや脱字、墨汚れまで酷似しており、片方が原本でもう一方が精密な写本と判断。安田本は袋とじの1枚分が欠け、歌が途中で切れて終わっており、竹内本から写す際、誤って飛ばしたとみられる。竹内本で正しい字が、安田本では誤字や崩れた字形の文字が多く、竹内本が原本であると判断した。
池田教授は「汚れや訂正まで忠実に写してあるのは、竹内本が真筆だったからだろう。良寛の書は、漢字からひらがなに移行する前の『草仮名(そうがな)』がほとんど。ひらがな書きは手紙などわずかしかなく、真筆ならば良寛のひらがなを正確に把握できる貴重な資料だ」と話している。
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こういうものが出現すると、たしかに良寛和尚はこの世に存在したのだという気持ちが強くなり、嬉しくなりました。
同時に、高い教養と知性を兼ね備えた文人でもあったのだと、感服することしきりです。
新聞記事から再発見の書の部分を拡大コピーしたものを以下に表示して、今日のブログを終わります。ぜひクリックして拡大してご覧ください。
