
4鉢のうち、3鉢の君子蘭に花芽がつきました。昨年までと異なるのは、大鉢の君子蘭に今年は花芽がつかず、これまでずっと花芽がつかなかった一番小さな鉢の君子蘭(写真左)に花芽がついたことです。

私は、この時期の花芽の色(真っ赤になる前)がとても好きです。
どこかで見たことのある色だと思い出していたら、大学生だった4年間、正確には3年と9か月住んでいた、千葉市幕張6丁目のおんぼろアパート「第3清風荘」の近くにあった銭湯「松の湯」で、初めて飲んだ瓶入り「フルーツ牛乳」の色とそっくりだと気づきました(笑)。
当時、JR総武線の電車で幕張から西千葉まで通学していましたが、天気の良い日は、車窓から遠くに富士山が見えました。幕張の海岸が埋め立てられて幕張メッセができたり、総武線が高架式に変わったのもこのころです。
おんぼろアパートは春夏秋冬、朝から晩まで日のあたらない六畳一間で、冬はストーブをつけても凍死しそうなほど寒く、汲み取り式の共同トイレは四六時中“臭う”。
しかも、ときどき、手のひらを大きく広げたくらいの“巨大ぐも”が出現するという、いまどきの若者では絶対に住めないアパートでした(苦笑)。
当時、少年マガジンの人気漫画『男おいどん』(松本零士)のアパートは、ここをモデルにしたのではないかと考えていました。
そして、もうすぐ卒業という昭和54年の正月明け、帰省から戻ったとき、愕然としました。
年末に低気圧が通過して嵐となり、アパートが倒壊していたのです。2階建ての1階なのに、空が見えました。勉強道具も何もかもが、狭い6畳間に散乱し、布団も雨と泥にまみれていました。
となり町の新検見川(花園町)に住む伯母にアパートを探してもらい、卒業前の3か月だけ、“人間の住める”アパートで寝起きすることができました。この伯母は、私の母の親友で、以前は我が家の近くに住んでおり、ご主人の転勤で新検見川に家を建てたのです。大学時代は、週に2回、お風呂と夕飯をごちそうになっていました。
玄関先の君子蘭の花芽から、懐かしい思い出が蘇りました。