植野明磧先生の名著『良寛さん』の「かくれんぼ」を読み直して、読後感を書きます。
 「かくれんぼ」のあらすじは次のとおりです。
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 秋晴れの日の昼下がり、良寛さんは、托鉢もしどろもどろに、子どもたちの待つ里の広場に急いだ。
 良寛さんは子どもたちに誘われて、かくれんぼを始めた。良寛さんは、ようやく見つけた藁小屋に入り、藁をかぶってうずくまった。子どもたちは、みんなで良寛さんを探したが見つからず、夕方になったので、みんなわが家に帰ってしまった。
 今の時刻で言えば夜9時頃、藁小屋の持ち家のおばあさんが、藁を取りにいくと、藁束の下にうずくまっている人を見つけて驚いた。
 うとうと居眠りをしていた良寛さんも驚き、「しーっ、わしだよ。そんな大きな声を出すと、子どもらに見つかるがのう。」と言った。
 良寛さんが子どもたちとかくれんぼをしていたのを知ったおばあさんから、「まあ、良寛さまあ、いま何時だと思うていらっしゃる、子どもらはもうとっくに帰って寝てますじゃよー。」と言われ、良寛さんは、はじめて、もう子どもらがいないことに気がついた。
 おばあさんに、藁くずを掃(はら)ってもらい、良寛さんは、やさしく清らかなお月様に、子どもたちの幸せを祈りながら、山の庵に帰って行った。
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 このあと、著者の植野明磧先生の解題が続きます。抜粋でお伝えすることはできませんので、以下、全文を引用させていただきます。
(太字、下線はブログ筆者による)

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 子どもの、人間における自然性を、こよなく愛した良寛さんには、子どもを導こうなどという、思いあがった作為を持ち合わせませんでした。良寛さんは、子どもと遊んでやったのではなく、子どもに遊んでもらったのです。そして、ただ、子らと共に喜び、共に泣き、共に怖れ、共に憂えたのでした。したがって、地上のいわゆる指導者を自負する者の持つ憎しみに変ずる愛に比べて、良寛さんの愛は、子どもたちへの絶対の愛なのでした。このような純粋の愛によって、善をも悪をも共に抱きかかえた良寛さんとの遊びのなかで、子どもたちの善は益々自信を深め、その悪はおのずから溶きほぐされていったのです。
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 「指導者を自負する者の持つ憎しみに変ずる愛」については、いつの日か、ブログに書いてみたいと思います。
 良寛さんの「絶対の愛」を前にしては、「教育指導」などという教育用語が霞(かす)んでしまいます。
 私は「善をも悪をも共に抱きかかえ」るという凄さに震えました。慈母観音をイメージさせるような表現にも読めますが、私には不動明王のような迫力と力強さが感じられました。もちろん、不動明王は、力強さの後ろに深い愛情を豊かにお持ちなのですが。

 おそらく、明磧先生ご自身が、教育者として良寛和尚を想い、目標となさっていたのではないかと推察しました。

 「ただ、子らと共に喜び、共に泣き、共に怖れ、ともに憂え」るという良寛さんと宮沢賢治が重なり、賢治の「雨ニモ負ケズ」を思い出しました。

 「子どもたちの善は益々自信を深め、その悪はおのずから溶きほぐされ」ていくという文章に、涙がこぼれそうになり、思わず『良寛さん』という本と著者の植野明磧先生に合掌した次第です。