植野明磧先生の名著『良寛さん』の二つ目の逸話「ひとの習い残しを習う」の読後感を書きます。

 あらすじは次のとおりです。
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 良寛さんが托鉢の途中、二人の百姓の世間話に加わったとき、次のような質問を受けた。
「良寛さま、あなたさまは、永い間他国で、偉いお坊さまについて修行なさったそうじゃが、いったい何を習ってきなさったのですかい!」と。
 良寛さんは22歳から日本随一の名僧国仙禅師の下で16年も修行して、印可を授かっていた。こんな良寛さんが、寺も持ち得ないで、子供と戯れ、民衆との談笑に明け暮れているので、男たちは不思議でならず、同時に、良寛さんの甲斐性無さを嘲笑せずにはおれなかった。
 良寛さんは困りながら漸(ようや)く口を開いた。
「わしはのう、みんなの人の習い残したものを習ってきただけじゃよ。」
 この言葉の意味は深遠だが、何の事だかさっぱり分からない二人は問い直した。
「良寛さま、ひとが習い残したものって、そりゃなんですかい、長い間他国で勉強したのは、出世をするためじゃなかったのですかい!」
 良寛さんは、いよいよ返答に窮し、「ああ参った、わしの負けじゃ、もうそんな話は止めておくれや、たのむたのむ。」と、逃げるように立ち去った。
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 この逸話を受けて、著者 植野明磧先生は、百姓の「長く他国で勉強したのは出世をするためじゃなかったのか」という問いかけに対して、良寛さんに代わって、多くの紙面を割いて、良寛和尚の履歴を紹介しながら「出世」についてお書きになっています。

 明磧先生は、「世を救おうと願った青年良寛の心情」を窺える四行詩を紹介しています。

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少年 父を捨てて 他国に走り
辛苦 虎を画きて 猫にもならず
人あって 若し箇中の意を問わば
これは これ 従来の栄蔵生
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(ブログ筆者 註/栄蔵は良寛和尚の本名。)

 3行目の「若し」は「もし」と読むはずです。また「箇中(の意)」を「国語大辞典 新装版」(小学館/CD版)で確認しておきます。
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こちゅう【個中・箇中】
1 此の中。ここだというところ。
2 学芸や物事の奥深い道理。また、それをきわめることによって得られる妙味。
3 禅家で此処(ここ)の意にいう。特に仏教の根本精神をさして「箇中の意」などと用いる。

個中の消息(しょうそく)
 学芸やある物事のもつ深い事情、妙味。真実がどんなものであるかの様子。
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 明磧先生は続けて、「勉学を積むのは、自分の名声を挙げるためだと考えるのが古今共通の人間常識とも言えましょう。」と述べ、さらに、円通寺での修行生活が、「良寛さんをして、立身出世の意義と、世上の名声に対する価値観を変革させて」いったとお書きになりました。
 そして、明磧先生は、次の3点を指摘し、問題提起をなさいました。

◎ 政治や金や本山の権力に屈従して位階を求め、豪華な袈裟を身にまとうのが、出世なのでしょうか。
◎ 自らの行為とは裏腹の教義を得々と説いて、賽銭や寄付金を檀徒から巻きあげるのが、僧侶としての手腕家なのでしょうか。
◎ やたらに管長の座を誇示して、駕籠の中から民衆を蔑視するのが名僧なのでしょうか。

 おそらく当時の良寛和尚の疑問は、明磧先生の問題提起のとおりだったでしょう。そして、明磧先生は、「良寛さんの疑問は深まっていくばかり」とし、「このような出家本来の使命を逸脱し、その本文を忘れて恥じることのない僧侶たちの醜態は、良寛さんにとって見るに堪えないものになって行った」とまとめています。

 「人の習い残しを習う」を、私なりに考えてみました。
 「人の習い残し」とは、「“出世”本来の意義 ─ 世のため人のためになる ─ を忘れたり取り違えたりしたこと」であり、「その“習い残し”を反省材料として、仏道に精進する」ことが「人の習い残しを習う」ことではなかったか、と思うのです。

 良寛和尚の嘆き、すなわち明磧先生の指摘は、当時の仏教界のみならず、そっくりそのまま今の日本の様子に当てはまります。私は、このことに驚きながら、我が身を恥じました。

 私は、国立大学の教育学部で学び、附属小で4週間、附属中で4週間の感動的な教育実習を通して、教師として大成したいという願いを不動のものにしました。そして、「授業研究の鬼になる」と誓って教育実践を積み、当時できたばかりの教育系大学院を受験・・・と、絵に描いたような立身出世でした。その後、上司や周囲に強く推されて、指導主事、教頭と、学校管理の道を歩んだ結果、校長昇進の目前、ある事件に巻き込まれ、人生のすべてを失うことになりました。
 いやはや、『良寛さん』を読んでいれば、健康・衣・食・住・金銭のすべてを失うことはなかったかもしれないと、今となって静かに自省する素人学者であります。

追記
 2月15日、今日は父の祥月命日です。我が身の恥をブログに書いたのも、父の供養かと思います。