今日は朝から雨降りです。家でくつろいでいます。これが我が家です。
下の白い壁は倉庫(夫の作業場)です。その上がリビングで、三角屋根の下は寝室です。2009年に築20年の中古物件を購入しました。あちらこちら10数箇所みてここか一番気に入ったのです。
ここは袋小路なので通り抜ける車も人もいないことが決め手でした。1000mを超えるので夏涼しいこと、冬は積雪30cm以下であることも気に入りました。そしてこれは私たちの別荘ではなく本宅でした。住民票も移し、年間通して暮らしていました。夫は東京(当時三鷹市)に仕事があったので、彼の母親のところから通い、金曜日になると長野に戻るという生活でした。私たちはここ以外に「家」はなかったのです。別荘地内ではありましたが、ここは私たちの別荘ではなかったのです。
「駅から◯分。近くにスーパーがある。学校も病院も近くにある」これがいい物件の条件とされていました。贅沢な物件とは便利なところに住むことだったのです。そんな中、私たちは便利さを除き、気候と静けさだけを求めていました。
だから友人を招いた時は誰もが『何であんなに便利なところに住んでいたのに、あえてここを選んだのか』を私に聞きました。森を切り開いて道を作ったので、右も左も木に覆われ、日中でも暗くて細い道です。車を運転していて対向車が来たら車輪が落ちないよう注意しながら避けなければなりません。助手席の友人が「何でまたこんな所に住む気になったの」と言いました。『こんなにいい所に』ではなく『こんなひどい所に』という意味なのです。これは私と友人の価値観の違いなのです。
何の音もない世界。来る人は皆『突然難聴になった』と思うらしいです。そして街灯もないので『漆黒の夜』がやってくると、ここはさらに不気味です。なのに何回かここを訪れるうちに、『よくこんな所に住む気になったね」と言っていた彼女があれから毎年(コロナ禍を除いて)やって来て、評価も「ここって何だか落ち着くね」に変わりました。
購入当初の計画と違ったのは、あと数年で仕事を辞めると言っていた夫が今だに仕事を続けていることです。夫は歳をとるごとに東京との往復がだんだんきつくなって来ました。そして将来を考え、八王子に中古のマンションを購入したのです。
なので、この山の家はついに「別荘」に昇格したのです。ここでの生活もあと何年楽しめるか分かりません。いずれ便利さを追求せざるを得ないほど高齢になったら山の生活も終わりにするしかありません。その日まで、この不便な生活を一日一日堪能したいと思っています。
敷地内のあちらこちらに「ヒノキ」の子供が生まれています。
こちらに来てあまり風通しが良くない、日照もないという理由で30本近くのヒノキを間伐しました。でもこうやってまた芽を出すヒノキもあるのです。これが20〜30mに成長する迄は見届けることはできませんが、せめて私の背丈と同じくらいになるまでここにいれたら楽しいだろうなと思っています。
あっぽ

