寿司と鉄板焼を散々食べた挙げ句まだ「はらへった」と言い出した伯父叫び
もう何がしたいのかよくわかりませんあせる
仕方なく付き合う事にした先は 、出てきたショッピングモールの近所にあるお蕎麦屋さんひらめき電球


この蕎麦屋のたたずまいがちょっとステキ音譜で、農家の古民家を改造して作られたものです目

店はとっても広く、中には昔の農機具なんかも展示されていますひらめき電球

入り口のドアも重りを使用した半自動ドアの引き戸。なかなかお洒落ですグッド!

丸太を使用した大きな柱や梁が迫力あり、雰囲気の良いお店になっています合格


ここには最近まで老夫婦が住んでいました。


「俺ここの夫婦知ってるんだ。道路ができたから(土地を奪われ農業をできなくなって)ここの家も売って引っ込んじゃった」

と伯父。変わり者の伯父ですがこういうことはよく知っています。


運よくお店の奥のほうに案内され、広い部屋一つ貸切状態になりました。これなら酔っ払いが騒いでも安心DASH!

いっぱいになったおなかにさらに蕎麦、、、なかなかキツイですあせる(笑)

父と伯父はここへ来ても酒盛りです。蕎麦を肴に日本酒をいっぱい飲みました汗

運転手の弟にからかって、

伯父「ほら、飲め!(`∀´)」

私「だめだよ、さっき検問やってたじゃん!!(°Д°;≡°Д°;)」

伯父「お、そうか!いひひ( ´艸`)」

私は生理痛が酷く薬も飲んでいるのでお相手できませんので、隣にいた主人に白羽の矢が叫び

日本酒あまり得意でないんですが頑張ってもらいました(笑)あせる


またまた酔っ払いが気分良くなってきたのか、この日何度目かわからない「月が出」ました目

「♪月が~でたでーたー ♪月が~でた~あヨイヨイγ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ」

父は酔っ払って出来上がってしまうと必ずこの歌を歌いだします。


毎晩休まず飲む、団塊の世代の父。

でもこの歌は母が病気してからは全く聞きませんでしたが、

亡くなってからここ1ヶ月の間に何度聞いたでしょう。

この歌が出るときは「良いお酒」。

皿やコップを投げつける時は「悪いお酒」。

良いお酒が1ヶ月続いています。

・・・悪いお酒は全くなくなりました。


弟は父の「良いお酒」の記憶はあるんだろうか。。。

彼が小学校の頃、母は潰瘍性大腸炎を発病。足掛け10数年の長い入院生活でした。

明るく活発でひょうきん。

皆を笑わせてクラスの人気者だった彼はあまり笑わない子供になりました。

交通費と数百円お小遣いをもらい、平日学校を終えた後一人で病院へ見舞いに行きましたが

母に会ってもひと言もしゃべることなく、ベッド脇のTVを母のそばで観、

菓子パンや身体に悪いからと家では禁止されているカップラーメンを食べて、

面会時間が終わるとまた一人で帰宅。



とても寂しかったろうなぁ。。。

でも泣きべそをかくこともなく甘えることもなく、彼なりに必死に耐えたに違いありません。

でもその代わりに「表情」を失ってしまいました。

後の家族の危機にも無関心、無表情。

これは、きっとこの頃の彼に私が心のケアをしてやらなかったことに原因があります。

よく笑い、よく泣いた表情豊かなかわいい男の子は、別人のように成長してしまいました。



話がそれてしまいました。(^^;)

結局最後までつき合わされ、たらふく食べさせられたおかげで胃腸の調子がその後2~3日は戻りませんでしたあせる


帰り、伯父に1冊のファイルを渡しました。

母が生前知人に宛てた手紙や、俳句をコピーしたものを綴じたものです。

「俺、こんなの見たら泣いちゃうなぁ」

ぽろっとひと言もらしました。

伯父の泣いたところなんてみたことありません。

祖母の葬式ですらケロっとしていましたし。


でも、かわいがった妹に先に死なれ悲しくないわけはないですよね。

ご飯を3回連続で食べさせられましたが、きっと床に就くまで飲み続けていたかったのかもしれません。