母は難病を二つも持っています。

一つは脊髄小脳変性症(後天性)。

何年か前、ドラマ「1リットルの涙」で実話として紹介されていました。

でもまだまだマイナーな病気です。

母が発祥した時は、確か先生に10万人に一人の確立と言われました。


原因は全く不明で、いつ誰がなってもおかしくない病気です。

年齢も、性別も、生活環境も、遺伝も、何も関係ないのです。


この病気は治療できません。

ゆっくり運動機能障害が進みます。

(進行速度は個人差もありますが非常にゆるやか)


母の最初は、

つまづきやすくなる、指先が震える、というところからはじまりました。

生活の中で、何かおかしい、違和感がある、という感じでした。

数ヶ月たって、やっぱりこれは病気なのではないかという疑いを持ち始め、病院へ行きました。


ところが、医者も「わからない」、「診断できない」と言われました。

「もしかしたら、大昔に宮城の風土病で似たようなのがあったから、

それの遺伝の先祖がえりみたいなものかもしれない。でもわからないからなんとも言えない。」

というような事を言われました。


あの、、、不思議な感覚なんですが、

病院へ行ったら病名を告げられ、診断されますよね?

でも診断してもらえなかったんです。で、それがとてつもなく不安でした。


「病気がわからないから診断も治療もできない」ってお医者様に言われてしまったんです。

母としては、すがるような気持ちで、

「自分の身体にこれ以上どんな異変が起きるんだろう」と、

助けてを求めに来たわけです。


「何もできないので、症状が進んだらまた来なさい」と帰されました。


私は気のせいだと、すぐ治るとしか思っていませんでした。

ちょっとつまづくくらいで病院へ行きたがるなんて、心が弱いとさえ思ってしまいました。

当時そんな風にしか感じられなかったことに今、ものすごく後悔しています。

私の心に残る最大の罪悪感です。