海辺の暮らしは毎年のことながら、
ものすごくシンプル。
海とプールに行き、
テニスと卓球をして、あとはそれぞれ読書に没頭する。
今年は一週間もいないので、日本語本三冊とイタリア語本一冊だけ持参する。
あっという間に読み終わったのは、
彼女は頭が悪いから。
いっきに読ませる筆力と、読後感の後味の悪さに圧倒された。
表紙を見て
「これ下の子用の本?」
と主人が尋ねたように、メルヘンチックな装丁。
その装丁と相反するグロテスクな内容なのが、一層吐き気をもよおす。
東大5人による女子大生レイプ疑惑?
かと思いきや、
それ以上に卑劣な行為なのかもしれないと思われる結末が待っていた。
人間以下?のカテゴリーに置かれた人の気持ちってどうなんだろうか?
フェミニズム云々よりも、
人権侵害、
そして、
日本独特の学歴格差が生み出している社会構造が怖くなった。
この本に出てくるような人を小馬鹿にしたような東大生も、実際知っている。
でも、それとは反対に頭脳明晰で感受性豊かな素晴らしい友人も東大生である。
今思い出すと、この本に出てくるような東大生がイタリアに来た時、
その東大ブランドは誰も相手にしなくなる。
もちろん日本人には有効であるが、イタリア人たちにはさっぱり?
というのが、
世界の広さである。
留学した先の大学で結果を出せてこそ、
ヨーロッパでは、いや海外では認められる。
この東大生が言っていた一言が面白かったのは
「東京芸大のやつって嫌い。自分たちが一番だと思ってやがる。」
私は
「勉強での日本一が東大だとしたら、音楽芸術系の一番は東京芸大だから、そう思っててもいいんじゃない。当たり前じゃん。」
と言うようなことを返したように記憶している。
この余談はさておき、
この本で著者自身も言っている
「上から目線」
は、東大生たちに限ったことではなく、
自分が置かれた場所で、皆が簡単に陥ってしまうから注意が必要である。
どんな場所でも美醜や、能力あらゆるものに優劣をつけたがるのが、動物の本能なのだろうか?
その上から目線で話す時、
果たして気持ちが良いものだろうか?
と自問する。
私も人から言われたこともあるし、
自分の生まれ育った日本の家族を見ていても、
上から目線の会話が多いことに気づいて、
ああ、こういうことは家族内から発展していっているのかもしれないと、今更ながら
分析する。
自分が気づかぬうちに上から目線で話している時は、多分気分は良いのだと思う。
と同時に、
なんだか居心地の悪い、ちょっとした恥ずかしさも生じている。
気がする。
100パーセント気持ちが良いわけではないのは、きっとそれは劣等感の裏返しなのかもしれない。
この本の中で、東大に入るまでは、劣等感が見え隠れしていた主人公が、東大ブランドを纏ったことにより、それらが雲散霧消していく。
不思議だが、
東大ってそれほどすごい影響力があるのだと改めて感じ入った。
興味深い。
そしてその生徒たちを生み出した家庭も空恐ろしい。
不祥事があっても、一年くらい海外で過ごさせて戻ってくれば、社会復帰は問題ない。
と、被害者の存在は皆無であり、そしてそれを支える潤沢な経済力も保有している。
彼らの息子は東大出の逸材であり、世の中に必要とされる稀有な人だから。
学生時代、京都に住んでいた私は、政治家ばかりを輩出する東大よりも、研究者肌の京大の方が好きだった。
この本を読んで、もっと東大が嫌いになった。(東大の友人たち、ごめんね。でも正直な思いです。)
それだけ優秀な頭脳であれば、どこまで行けるのか、どんどんと世界でチャレンジすれば良いのに、
小賢しい逸材は?そのまま日本に残り、日本を一層息苦しい国にしている。
視線がうちに向いている。自分だけである。
気色悪いのはあんたの方だよ。
と独りごちる私。
書を捨てよ、町に出よう
ではないが、
学歴を捨てよ、世界に出よう
そんなことが頭をかすめる。
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