今日の余録の題は、『松任谷由実』にした。
「私の音楽を取り囲むかいわいがいきなり膨張した」「スノッブなチョコレート屋さんに150人が並んだ」。松任谷由実さんはバブル景気をこう表現した。90年代にかけ売れ続けた。
「時代とどう呼吸するか」を考えていた。売れなくなるのはどんな時かと問われ、。都市銀行がなくなるような時代と答えてる。大手金融機関が破綻する10年語を予言するような発言
半世紀前のデビューは、田中角栄首相の誕生と重なった、72年7月5日、荒井由実の名で、「返事はいらない」を発表。吉田拓郎さんの「結婚しようよ」がヒット。歌謡界も転機むかえたが、曲作りしながら演奏、歌までをこなした女性は珍しかった。当初は売れなかったが、徐々に時代が追いついた。
スキー、サーフィンなど夜のトレンドを先取りし、松田聖子さんらアイドルにも楽曲を提供。バブル崩壊後も、第一線に立ち続ける
スタジオジブリの映画に、「ひこうき雲」が取り上げられ、北京五輪では、羽生結弦選手の「春よ、来い」が流れた、人生の様々なシーンが名曲につながる
「遠い波の彼方に金色のひかりがある、永遠の輝きに命のかじをとろう」デビューシングルB面「空と海の輝きに向けて」である、50年後を見据えたような希代のアーティストの歌は色褪せない。
今年、全国ラジオ99局ネットで、2週間ユーミンリクエストあった、ジブリ映画の主題歌には「ひこうき雲」以外にも「ルージュの伝言」「やさしさに包まれたなら」なども名曲、
誰にも言えないの主題歌にもなった真夏の夜の夢で、歌詞に『カビリアンナイト』が出てくるが、どうしても底の部分は「紙がない」に聞こえる。
曲作りから演奏、歌まで全てこなすことを目指してたのは、ユーミン以外に、キョンキョンもそれを目指してたと思う。スキーなら広瀬香美さんですね。
ユーミンの実家呉服店、何年か前に振り袖詐欺にあった、女性たちに、ユーミンの呉服屋が、無償で貸出をした。これから先も、走り続けてほしい
