現役時代は、ロッテで捕手として活躍した醍醐猛夫氏が、11日、急性骨髄性白血病のため亡くなった。81歳だった。
    醍醐氏は、高校時代、2学年下の王貞治氏とバッテリー組み、甲子園に出場。57年に、毎日(現ロッテ)に入団。74年はコーチ兼任。75年引退。
    引退後は、二軍監督やバッテリーコーチ、スカウト、部長も経験。コーチ時代は、レロン・リーの打撃投手務めた。袴田や里崎の指導に携わった。
    現役時代は、1年目から113試合出場。高卒新人では、醍醐含め2人らしい。71年には、2日にまたがり4打席連続本塁打の離れ業。現役18年間で3度優勝に貢献。現役投手で、醍醐みたいな打者は嫌なタイプの相手だと思う。 
     ロッテが、荒川区にあった東京スタジアムでは、「ダイゴ」とカタカナ表記だったが。これは、漢字が書けない出なく、画数が多いとのことカタカナ表記になった。選手として、毎日、大毎、東京、ロッテと違う経営母体で在籍したのは、醍醐と榎本だけ。  
    通算1132安打、81本塁打