今日8/6は広島に原子爆弾が投下され70年になります。原爆が投下された時、一瞬にして、広島の街は焼け野原になり、ほとんどの建物も亡くなった状態で、かろうじて楕円形の建物が残ってました。あれが原爆ドームです。小学校6年の時に修学旅行で広島に行きました。広島市民球場向かいに、平和公園や原爆ドーム、そして資料館があります。資料館に当時の広島の街の模型があり惨劇をものがったてました。原爆の投下でたくさんの死者を出しました。
平和公園には、様々な銅像があります、中でも、千羽鶴がたくさん飾られてる場所があり、上にはある少女の銅像がありました。
千羽鶴の銅像は、修学旅行の前に、当時の担任の先生が「翔べ千羽鶴」のドラマをCMをカットしたのを録画して、見ました。ドラマの内容は、原爆による後遺症でした。当時小学6年生だった佐々木貞子さんが、突然入院することになったのです。白血病でした。もちろん当時の医学では白血病に効く薬なんかはありませんでした。貞子さんが10年前の2歳の時に、上から降ってきた黒い灰がかかってしまい、それが原因で、病気になってしまいました。
先ほど書きましたが、当時の白血病に効く薬がないので、気力しかなかったのです。入院中に、同じ病に冒された少女と、1,000匹の鶴を折ることにしました。鶴を折ることによって、病気が治ることを信じてました。そしたら350くらい折ったところで、回復することができました。本当なら、学校の仲間と卒業式を迎え、同じ中学校の制服を着たかったと思います。

不治の病と分っていても、1000羽を折るまで、祈りを込めて折り続けたと思います。1000羽折ることができ、また、1000羽折ることにしましたが、次第に悪化し、結果は、亡くなってしまい、中学校生活を送ることはありませんでした。決して弱音なんかは吐かなかったと思います。貞子さんが亡くなって2年後に、仲間たちが残りの数を折って1,000羽に、千羽鶴の銅像が実現しました。小6の時に千羽鶴折りました、小さな折り紙で・・・

 とても、難しかったです、けがや病気の為に折られる千羽鶴ですが、それ以外にも、折られることあります。