こんにちは。

写真でひろがる未来をお伝え★
北九州 やさしい写真教室SLOWLY
写真家つきこ です。


子どもが生まれ、一眼カメラを購入。

日々の写真をブログやSNSに
投稿していたことをきっかけに
お仕事をいただくようになり、

写真家つきこ としての活動をはじめました。

最近、私が写真や写真教室をはじめるまでについて
インタビューされたり発表したりする機会を
続けていただいたのですが

改めてブログでもふりかえって
自分史を書いてみることにしました。


自分史その1 泣き虫だった私
自分史その2 悩める10代
自分史その3 ネットとの出会い(このページです)






◆インターネットとの出会い

就職先もなく
将来の夢もなく
高校を卒業した私でしたが

ひとつだけ、
やりたいことを見つけました。


それは「インターネット」です。


今でこそ
インターネットをする、ということは

食事をする、
お風呂に入る、
などと同じ日常の一コマで

もはや「インターネットをする」なんて
表現することはないくらい

特別なことではありませんが

私が高校を卒業した当時(1999年)は
まだまだ多くの家庭で
インターネットは
日常ではありませんでした。

出会いは
高校の社会科の授業。

社会科のT先生が
調べ物をするときに
自前のPHSとノートパソコンを持ち込んで
『インターネット』を
とりいれてくれたことがありました。

目の前で調べたいことを検索して
情報を集められていく様子に
静かに興奮しました。

これからの時代は
インターネットだ!パソコンだ!!

当時、多くの人が思ったように
私もひそかに確信しました。



すぐにパソコンが欲しくなりましたが

デスクトップは置き場所に困るし・・・
ノートパソコンは40万円・・・

高校を卒業したばかりで
フリーターの私にそんな貯金はなく

すぐに方向転換!


パソコンを購入する前に
パソコンを使える人になろう!

そう思って
パソコンスクールに入学しました。

かくして私は
パソコンは所持していなかったものの
アルバイトと並行しながらコツコツ通って
ExcelとWordの資格を取得しました。


しかしながら
時代は就職氷河期。
高卒でExcelとWordの資格をもっているだけの
未経験の私を正社員として
雇ってくれる就職先はなかなかなく・・・

じゃあもっと勉強しなくては!と意気込み
簿記の勉強もはじめたものの挫折。

どうしようかと思っていたところ
新聞の求人広告で市内に
新しくオープンするインターネットプロバイダーの
コールセンターの求人を見つけました。

当初目標としていた
『正社員』ではなく『契約社員』でしたが
憧れのインターネットに関わる仕事ができる!と
思うとわくわくしたのを覚えています。

私はフリーターを卒業し
コールセンターのオペレーターとして
新しいスタートを切りました。

高校を卒業して1年経った
2000年、20歳の春でした。







◆正社員になりたいという想い

コールセンターでの私の仕事は電話応対。

お客様からの電話でのお問い合わせに答え
その記録をパソコンで入力、
そしてまた次のお客様の電話応対・・・

というものでした。


ExcelやWordを使うことはなかったですが
パソコンスクールに通ってマスターした
タッチタイピングスキル
(手元を見ないで文字入力する)が
役に立ちました。

(マスターするためスクールでは
 空き時間にめっちゃタイピングゲームを
 やりこんでました)


myパソコンはまだ買えなかったものの
仕事に慣れてくると
タイピングが速かったことが功を奏し

対応処理件数が伸びて
毎週、成績優秀者に贈られる報奨金を
受け取れるほどの成績になりました。

そのうち、私はセンター内で
生き生きと仕事をしている
スーパーバイザーに憧れるようになりました。

コールセンターではお客様と
第一線で電話応対をするオペレーターだけではなく
オペレーターからの質問や相談を受付けたりする
各チームのリーダー、
そしてリーダーを統括して
他の部署やクライアント企業様と折衝する役割の
スーパーバイザーがいます。


当時、うちのセンターでは
スーパーバイザーで正社員として採用されて
入社した方々もいましたが

私と同じく契約社員として入社して
リーダーからスーパーバイザーへ
ステップアップして正社員登用された方もいました。

自分にもチャンスがあるなら挑戦したい。
そう思って日々の電話応対にはげんでいました。

そして、夢見るだけでなく
スーパーバイザーである上司と
面談などで話す機会があるときには
「自分もいつかスーパーバイザーになりたい」という
想いを伝えていました。







夢はかなって
入社して1年後にはリーダーに。
その半年後にはスーパーバイザー採用試験に合格。

センター内で最年少のスーパーバイザーに。

「正社員になりたい」という目標を達成しました。

念願のノートパソコンも
無事に購入できるようになりました。
(ほんの数年の間に値段も落ち着いて
 10万円台で購入出来ました)

スーパーバイザーの仕事では
文書作成や勤務表作成等の必要もあったので
学んだExcelやWordも
ちゃんと役に立つ日がきました。



当時をふりかえると

若かったが故に
怖いもの知らずで 
できたこともたくさんあったし

若かったが故に
甘えが出ていたところもあったり

いろんなことがありましたが
いろんな経験をさせていただいたことに

そして出会いに恵まれたことに
感謝している
プロバイダーのコールセンター時代でした。









◆新センターへの出向と挫折


地域限定社員だったので
転勤はない予定でしたが

市内に親会社が新しいコールセンターを
立ち上げることになり
その立ち上げスタッフとして
出向することになりました。

2005年の25歳の夏です。






女性の先輩社員がマネージャー。
私はサブマネージャーと言う立場でした。

スーパーバイザーを新しく採用し
一緒に新業務の研修を受けるところから
はじまりました。


新センターたちあげは
何もないところから全てを作り上げる
やりがいのある仕事でしたが
とても大変な仕事でした。


残業が続き
終電に飛び乗って帰宅する日々。

センターの休日にも
こっそり出社してパソコン作業。

市内なのにギリギリになってしまって
朝から特急にのって出勤。

体力的には限界を感じても
それでも朝が来ると鍵をあけるために
出社しなくちゃいけない毎日。









気がつくと
私は笑えなくなっていました。




美味しいものを食べても

憧れのお店で新しい服を買っても

心がときめかないのです。





職場では明るくふるまっていましたが

離れると涙が。



朝、駅に着いたけど

職場に足が向かない日も。






ある日、職場でトラブルが発生し
その原因を上司に厳しく追及され
私は涙が止まらなくなってしまいました。



原因の説明や
改善を提案するエネルギーは
残ってませんでした。


涙は止まらなかったけど
心はカラカラに
乾ききって壊れていました。














うつ病の診断を受けた私は

1ヶ月休職することにしました。


















自分史 その4に続きます。









自分史その1 泣き虫だった私
自分史その2 悩める10代
自分史その3 ネットとの出会い(このページです)






★本日の掲載写真は
 コールセンター時代に
 初めてデジタルカメラを購入し
 旅行に行った時の写真です。

 このときは一眼ではなく
 コンパクトデジタルカメラでした。 
 黒いボディに一目惚れした
 PanasonicのLUMIXを愛用していました。