時計の針は滞ることなく
一分一秒進んでいて

時間は常に流れています。




私たちの過去の記憶は
非常に曖昧なもので

過去の記憶を
実は簡単に変えることも
出来たりします。





例えば、私が過去に夫を
傷つけていたとしても


時間の流れと共に
その事実さえも
忘れてしまっていたら


私の記憶には
夫を傷つけたという
過去は存在しなくなる。





でも、
私に傷つけられた夫が
その記憶を忘れない限り


夫には
嫁に傷つけられたという
過去が存在する。





真実はひとつであっても
過去の記憶はひとつでは
ありません。





もっと簡単に言うと


運動が苦手だった
私の過去の運動会の記憶は
楽しくなかった


ものであり、



運動神経抜群の夫の
過去の運動会の記憶は
楽しかったもの


になるということ。





たとえどんなに辛い
過去があったとしても


今が幸せなら
過去のおかげ。


今も辛いなら
過去のせい。





同じ過去でも
こんなにも捉え方が
変わるのですね。







先日、スーパーに行ったら
笹の葉があって短冊が沢山と
かけられていた。


多分、近所の子どもたちが
書いたであろうお願い事で
溢れ返っている短冊の数々。


その時、
たまたま目に止まった一枚の短冊に
こんなことが書かれていた。

・思い出なんかいらん



何かを極めたらしいよ
この子は。笑


名言だな。








自他ともに認めるラーメン好きだった私が
カレー好きになりつつあります。







Mii