夜の小滝公園は、人気がなかった。
肌寒さを覚えながら、
可愛らしい曲線の手すりで出来たベンチに腰をかけて、僕は待った。
暫くすると、千絵さんはやって来た。
フレアスカートを左右に揺らしながら、
ツッカケを履き、スタスタと歩いて来る姿が黒いシルエットとなって、夜の公園の端に見えた。
僕は反射的にベンチから立ち上がって、近づいて来る千絵さんを凝視した。
「お待たせ!」
笑顔を見せてベンチに座る。
立ち上がったままの僕の体は
緊張で固まってしまった。
用意していたセリフは、何ひとつ言葉にならず、喉がカラカラになってきた。
硬直した時間があった。
「どうしたの?」
「やだ、座りなさいよ、ほらぁ」
そう甘い声を出して、座るように促し、
僕の左手を握って、引っ張りだした。
「こいつ、やっぱりそうだ」
僕の中で堪(こら)えていたものが
弾けて潰れ、心の鎖が千切れるような熱い音がした。
立ったまま無言で女に向きあい、
右手で力任せに、座っている女の頬を殴り飛ばした。
小柄な女はいとも簡単にベンチから
転げ落ちて、地面に尻もちをついた。
後は計画通りだった。
僕は右足を大きく挙げて、地面に横たわる女の上に馬乗りになった。
両手に全身の力を込めて、女の首を締めつけた。
湿り気のある細い首が、僕の両手の中で柔らかく縮んでいく。
半分の細さになるまで締めあげることができた。
踠(もが)いて、僕の両手の甲を掻きむしっていた女の手が、ゆっくりとバンザイをするような形に揚がったまま、ついに地面に落ちた…。
やったぞ。
成功だ!
僕は兄さんを救ったんだ!
やり遂げた後の深呼吸を一つして、
僕は夜の公園を走って出た。
兄さん、
この手紙と一緒にアパートの鍵を
封筒に入れておきます。
仏壇のこと、頼みます。
僕は今から、夜行のフェリーに乗ります。
北海の海は、何があっても受け入れてくれるでしょう。
兄さん。
僕の大切なオッパ。
僕らのあの大久保の暮らしは、
本物だったよね。
二輪草のような、小さい暮らしだったけど、僕は寄り添える兄さんがいてくれただけで、本当に幸せだった。
兄さん、今まで本当に有り難うございました。
これからも、明るく元気な兄さんでいてください。
僕らの二輪草は決して枯れない。
さようなら。
敬具
〈了〉

