稲富一夢の鉄砲と黒柿疑惑 | todou455のブログ 火縄銃ときどき山登り

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 鉄砲名人といわれた稲富伊賀守一夢に砲術を学んだ戦国武将は多い。伊達政宗,浅野幸長,黒田長政,井伊直政など名前を上げれば切りがない。徳川御実記の記載から考えると徳川家康も,この男から鉄砲を学んだと推察される。

 

稲富一夢像  ( 一夢の自筆 慶長12年(1607年) )

 

 宮城県丸森町にある火縄銃に特化した私立博物館の『金山城伊達・相馬鉄砲館』では,この稲富伊賀守一夢の所持した火縄銃を今月7日まで展示している。

稲富一夢の所持した火縄銃

 

先日〇〇県ライフル銃射撃協会の会長さんが,当館を見学した際にこの鉄砲の銃床に目を留めた。そして「この銃床は,黒柿で作られたものですか。」との質問をされた。それを聞いて,私は少し慌ててしまった。銃床のほんの一部に黄土色をした箇所があっただけだったから,黒柿という言葉さえ思いつきもしなかったからだ。

 柿の木は製材すると乳白色〜淡黄色に近い色味をしているが,稀に墨色のような黒色が樹の中心部に現れることがあり,これを「黒柿」と呼んでいる。黒柿が出る確率は1万本に1本とも言われ、非常に貴重で高価な材なのだ。

 

稲富一夢の鉄砲に生じた黒柿疑惑

 

 

 会長さんがお帰りになった後,私はケースから稲富一夢の鉄砲を取り出し,じっくり観察した。しかし全体的には,こげ茶色をしており,火挟みあたりにだけ黄土色のもくめが入っただけだから,私では,これが「黒柿」なのかどうかを判断するのは難しい。もし,ほんの一部だけ黄土色が入った「黒柿」の材を銃床に用いたのなら,稲富一夢さんらしい心配りだと私は思うのだが,真実は如何に!だ。