3 ・11 東日本大震災の日
平成 23 年3 月11 日の東日本大震災から,十回目のこの日を迎えた。私は被災直後から福島県浜通りの被災地に入り,様々な相談を担当し,私自身が傷ついた。体育館に我が子の遺体を運び込まれた時の,母親の号泣。「助けて」という知り合いの叫び声を聞きながら,襲ってくる大津波から逃げた悔しさ。こんな話ばかり聞く毎日だったからだ。そのため,半月に一度は,自分が津波に襲われる夢を見るようになった。そして「何で俺が。」と思った瞬間に目が覚めるのだ。
今も無念の気持ちは晴れないし,震災後に相談に来訪された憔悴しきった人たちの顔も忘れられない。その中には,殉職された消防士や消防団員の遺族の方もおられた。
津波直後に海岸の水門を閉めに行ったり避難誘導中に津波に襲われ殉職されたのだ。被災地域住民の安全ともに,現場で活躍される消防や警察関係者などの皆さんの安全をどう守っていくのかセットで考えていく必要あると,その時強く感じた。後悔しても過去は変えられないが,しっかり反省し殉職された身皆さんの思いや生き様をつないで,今後に生かさねばならない。そんなことを考え,東日本大震災で亡くなられたすべての方々に,心からの祈りと慰霊の弔砲を捧げる。合掌
天まで届け!慰霊の砲声!
写真提供 若旦那 (インスタID) takenoko.no.yama










