関流仕様の馬上筒を徹底観察する。その2 | todou455のブログ 火縄銃ときどき山登り

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関流仕様の馬上筒を徹底観察する。その2

関流は躾に厳しい流派で,今でも169冊の伝書が残されている。

この馬上筒は,相馬中村藩の砲術師範家に伝わった鉄砲で,作られてからおそらく200年前後,もしくは,それ以上古いものと考えられる。

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                     三匁五分玉火縄銃

さすが砲術師範家だけあって,とても大切に保管してきたようで,銃腔内には朽ち込みはなく,今でも実弾射撃できるはずだ。私には,古式銃の実弾射撃資格はないため,今度,誰かにテストしてもらうおうと考えている。

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   捩子長さ1寸    本口九分五厘  いずれも伝書どおり

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           銃腔内には朽ち込みがなく,奇麗な状態である。
  
の馬上筒は,各地の催事で10度ほど空砲射撃したが反動もなく演武のしやすい銃である。関流の火縄銃はよく鍛えた良質の鋼が用いられ,特殊な工法により製銃されているため,軽量で扱いやすいのが特徴の一つなのだ。
関流は砲術の奥儀を記録化するのに熱心な流派で,現在,土浦市の関流宗家には,169冊の伝書が残されている。関流は礼儀・躾に厳しい流派で,流派の教えに背くことのないよう指導戒めのために多くの伝書が作成されたようである。
この中には三匁五分玉の馬上筒の製作仕様書として17項目の特記事項を掲げている伝書があり,この相馬藩の馬上筒は筒の長さや口径など全て伝書に記載されたとおりに拵えられている。

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    先目当て, 高さ一分九厘   長さ 三分五厘   いずれも伝書どおり

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     引き金は,伝書どおり,左巻やすり目

関流の火縄銃は内カラクリで,銃身は,目釘ではなく金具環(ベルト)で固定し,用心鉄も長大でヨーロッパの銃を思わせる雰囲気を持っている。銃に弾薬を押し込めるさく杖も木材ではなく鉄を用いている。

日本には西洋から何種類物もの銃が,もたらされいたのでは?

土浦関流宗家の関正信氏によれば,関流炮術というのは、通称であり、正式には南蛮流というのが正式な名乗りのようであると寄稿している。これらから,関流流祖関之信の師であった丸田九左衛門が、長崎で南蛮人から遠距離射撃の極意を学び,ヨーロッパの影響を色濃く受けたことを関流の鉄砲は示しているのではないかと,私は考えている。
確かに,関流の鉄砲は,日本の他のそれと比べかなり異質だ。下の写真を見れば,関流の鉄砲は外形的にも大きく異なることがわかると思う。
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関流十匁玉火縄銃

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堺の4匁火縄銃

関流では,銃身は,目釘ではなく金具環で固定し,用心鉄も長大でヨーロッパの銃を思わせる雰囲気を持っている。また用心鉄はネジ留めだし,銃に弾薬を押し込めるさく杖も木材ではなく鉄を用いている。
 これらのことから日本には,種子島伝来の前後はともかくとして,西洋から何種類物もの銃が,もたらされたことを示唆していると,私は思うのである。