お祝いの大狭間筒 | todou455のブログ 火縄銃ときどき山登り

todou455のブログ 火縄銃ときどき山登り

火縄銃を切り口として
日本人を考えるブログ
です。

        

  お祝いの大狭間筒

ブロ友の皆さん,いつも応援ありがとうございます。 伊予のブロ友に良いことがあったらしいので,お祝いの投稿です。ブロ友の皆さん,祝い事があったときは,コメでご連絡くだされば,お祝い投稿いたします。私もネタを考えなくてよいので,助かりますから。

  全長174センチ   伊予松山城の備え筒  7匁大狭間筒

  
イメージ 1

伊予の国,松山城に備え付けられていたと考えられる大狭間筒である。
全長174.3cm 銃身長151.6cm 口径1.65cmの長大な銃である。大阪城天守閣の大天狗(12匁筒、全長約200cm)に次いで長い火縄銃であろ。銃口が荒れて薄くなっていることから、幾多の激戦を潜り抜けてきた歴戦の強者と推測される。見出しには,登録証どおりの口径から7匁火縄銃と記載したが,本来は5匁ないしは4匁筒であったろう。

狭間筒とは   (・・?

この鉄砲は,狭間筒と呼ばれ,城壁の銃眼(狭間)や船舶などに据えて使用した銃である。銃身の長い銃は、射出された弾丸が火薬爆発エネルギーを多く受け取れるため、射程が延び威力が増す。狭間銃は、長距離狙撃を目的として作られ、2-300mの距離を照準したものと思われる。但し、狭間筒は、重く長銃身のため取り回しが悪いので,機動を重視する野戦には,不向きであったろう。
先目当と呼ばれる照星には、溝や穴があり、夜間射撃時に線香を立てられる様にしてある。また流派によっては蛍を使ったという記録もある。関流にあっては、敵に発見されぬよう線香ではなく目当めぐりに灸をすえて撃つよう伝授している。