16歳のグレタ・トゥーンベリさんによる、国連気候行動サミットでのスピーチについて。

 

目をつり上げた写真がトップ画像になってしまったりするからものすごい怒ってしゃべっているように見えるし、実際に怒りがあるのは感じるけど、でも彼女、極めて抑制的にしゃべっているよね。言葉の強さに怒りは十分感じるけど、決して感情的ではない。このしゃべり方の何が問題なんだろ?

 

彼女は誰かを名指しで非難したりはしていない。だから対立構造なんてあおってない。地球全体のいのちが脅かされていることに対する焦りを表現しているだけ。例えるなら、大災害に遭って救助を待っているひとたちがいること訴えているのと同じ切実さで訴えている。そんなときにユーモアを交えて話せる?

 

「怒りでムーブメントは起こせない」という批判も的外れだと思う。彼女は子どもたちの権利が脅かされていることを、大人たち、特に各国のリーダーに対して訴えているだけ。「私はここにいるべきではない」と彼女自身が言うように、16歳の少女がムーブメントの中心にいること自体、大人の怠慢なんだよね。

 

そもそも16歳の子どもが、子どもとして世界の大人に訴えるときに、そのプレゼンテーションに完璧を求める? この子はどこかの国の大統領じゃないんだよ。仮に未熟で不完全なところがあったとしても、その分は受け取る側が補足して理解してあげればいいじゃないか。それがコミュニケーションでしょ。

 

「怒りが表に出すぎていたから、あなたのプレゼンではひとは動かせません」? 自分が行動できないことを、彼女のプレゼンのせいにするのはお門違いだよ。僕だって何をしていいのかわからないけど、少なくとも「お前の顔が怖いから、言うこと聞かない」って、子どもに対して大人が言うセリフじゃないよ。

 

もし彼女のスピーチに未熟で不完全なところがあれば、それは彼女の近くの大人が直接伝えているはずだから、好意からのダメ出しをネットに書き込む必要はない。あなたのアドバイスは自分の身近な子どもにすればいい。自分のほうがプレゼンが上手いとアピールしたいのなら、勝手にすればいいけれど。

 

お願いだから、子どもの勇気をつぶす大人にならないでほしい。あの子が世界中の大人から非難されているのを見たら、世界中の子どもたちは「自分たちは声を上げてはいけないんだ。勇気などもつべきではないんだ」と学んでしまう。それはCO2を排出すること以上に罪なことだと僕は思う。