北海道・札幌で反射の統合ワークを提供している高橋 ちさとです。
元看護師で2人の小学生をもつお母さんです。
今年はスキー場でパート勤務をしてみる予定です(20年来の夢~
)
4泊5日の旅を終えて帰ってきた私は少し気が重い感じもありました。
実は私は母が苦手なのです。
母が私の事を見ていると、何かをジャッジされているような気分になります。
あんた、と言われる事や投げやりな物言いetc…存在として母は私の味方ではない、と思ってきました。
反射を統合してきたので以前よりは傷つきずらくなったり、距離を置けるようになったと感じますがそれでも苦手という気持ちは変わらず。
母は明日帰るので1日は一緒に居なくてもいいのですが、それでもいい気分ではありませんでした。
夜は子供と母と大通り公園のクリスマスマーケットに行き、それなりに楽しむことが出来ました。
そして翌朝は子供を学校へ送り出し、私と母は淡々と家事や荷造り・自分のやるべき事を済ませ、札幌駅に母を送りに行く時間になりました。
母が札幌に来て、1日位しか一緒に居る時間はなかったものの、
母の物言いや視線でストレスを感じていた私は、
「もう母とは距離を置こう(精神的な意味で。)
私が生きたい世界は母と一緒の世界ではない。WiFiを切ろう」
と思いました。
そんな思いを持って運転していると、
ダウンジャケットの耐用年数の話になりました。
ダウンジャケットを変えたが、前のものを捨てられないという話でした。
私はもうそれは服や片付けではなく生き方の話だよね、と言いました。
どんな自分で生きていきたいのか、どんな場所ですごしていきたいのか。
そこから、「どう思われるとかもういいや。ちゃんと話をしよう」と思い、
今までの私の悩みや反射の統合にであった経緯。この5日間大阪でどんなことをしてきたのか。街頭で行きかう人の前で一人で大声で歌ってきた話もしました。
そしたら、母も、「自分も我慢して我慢して生きてきた。出る杭は打たれるから、はみ出さないようにしてきた。嫌でもお父さんのことを優先して生きてきた。でももうそれは嫌だと思っている。お父さんにも言っている。勤めていた時の最後は結構はみ出していたかもしれないけど」というではありませんか。
○○べき、ねば、しなきゃならない、してはいけないの母が。
続きます