今から4年前
翌日にユリとの結婚を控えた夏の夜
『ふたりきりで話がしたい』
突然、義父の橋本圭介から連絡が来た
指定された待ち合わせ場所は「ノクターン」
大人の隠れ家的なカクテルバーで、義父のお気に入りらしかった
「すまないね、式の準備で忙しいのに」
「特にやることはないので、大丈夫ですよ」
事実、結婚式は家族だけのシンプルなもので披露宴も行わない
新居は亡き母が住んでいた家をリフォームし、1年前から同棲状態
今さら結婚と言われても、実感は湧いて来なかった
「酒は飲まないんだったね、今日は私と同じものでもいいかい?」
「なんでもかまいません」
アルコールが苦手な俺を義父が酒の席に誘うのは珍しく、その時点で胸騒ぎはしていたが
「ずっと悩んでいたんだが、やはり周くんには伝えておいた方がいいと思って」
義父はハイボールのグラスを片手に、驚くような話を始めた
「ユリは、私たち夫婦の本当の娘ではないんだよ」
「えっ?」
“落ち着け”と必死に自分に言い聞かせても、グラスを持つ手がわずかに震えた
言われてみれば、ユリの容姿は橋本夫妻のどちらにも全く似ていない
画家と美術教師という両親の元に生まれながら、絵を描くことが苦手な彼女を不思議に思うことも良くあった
なんとなく感じていた違和感は、俺の思い過ごしではなかったのだ
「私たち夫婦は子どもに恵まれなくてね。縁あって、身寄りのない赤ん坊を乳児院から引き取ったんだ」
その子がユリ、ということか
「彼女の本当の両親は?」
「妻子ある男の子どもを産んだ女性が、産院に赤ん坊を置きざりにしたそうだ」
震えが止まらない俺の背中を、義父が優しくさすってくれた
「私も妻もユリを本当の娘だと思っているし、真実を告げるつもりはない。あの子には黙っててもらえるかい?」
「もちろんです」
「ただ…私たちにもしものことがあった時、ユリの出自を知る者がいないというのも不安でね」
「話していただいて、良かったです」
それは、偽らざる本心だった
「ユリは基本的には明るい子だが、子どもの頃は塞ぎこんで部屋から出て来ないことも時々あってね」
ユリが不登校気味だったのはそのせいだと、俺はこの時に初めて知った
「もしかしたら、気づいているのかもしれない…確信はないがね」
義父はハイボールを一気に飲み干し「娘を頼むよ」と言って微笑んだ
「必ず、幸せにします」
そう誓ったのと同じ「ノクターン」というバーで
4年後の同じ日
同じ雨上がりの夜
俺はちひろという名の女の子と恋に落ちた
神様は
いったいなにを考えているのだろう
つづく↓


