姫オーラ社長
よーこりんですっ。複数のお友達のブログで紹介されていた
渋谷Bunkamuraで開催の
「タマラ・ド・レンピッカ展」
開催日が今日までだったことを知る。
タマラ・ド・レンピッカーー
ワルシャワの良家に生まれ、
思春期をロシアとスイスで過ごす。
15 歳の時、
オペラ観劇で見初めた美しい男性
弁護士レンピッキ伯爵に恋をし、
18歳で結婚する。
翌年ロシア革命でパリへ亡命。
働かない夫を尻目に
画業で身を立てる決心。
時代に翻弄されながらも
女性の自由な生き方を実践し、
狂乱の時代とも呼ばれた
1920年代のパリで
独特の作風により、
画家として一躍注目された。
やがて第二次世界大戦の
脅威の中、アメリカに亡命。
その後、時代とともに
次第に忘れさられていった。
そして70年代に再評価され、
1980 年に82歳で
その劇的な人生を終えた。
レンピッカさまの経歴を見ると
アールデコ時代のだめんずと
捉えてしまいそうですが、
これは、当時のポーランド人の
社交界の女性の間では、
女性経験の豊富な美男子を
獲らえて結婚することが
優れた女の証、
亭主は価値ある女である自分を
美しい芸術作品として
引き立たせるためのただの「額縁」、
浮気は女のウサ晴らし、
などという
女性主導の自由奔放な
文化からのようです
(ちょっとコワイですわね)。
時に彼女は、
自画像画で聴衆を挑発しました。
レンピッカさまの自画像
『オートポートレート
(緑色のブガッティに乗るタマラ)』
が、ドイツのファッション雑誌
『ダーメ』の表紙を飾った時、
雑誌『オート・ジャーナル』では、
この絵について、
タマラ・ド・レンピッカの自画像は、
自己主張する
自立した女性のリアルなイメージである。
彼女は手袋をし、
ヘルメットをかぶって、
近づき難い。
冷たく、心かき乱す美しさ、
身震いさせられる——この女性は自由だ!
と絶賛をうけています。
確かに、ぞくぞくしますわよね。
スタイリッシュな作品ですが
彼女の絵を飾っていると
どうも、ハッピーにはなれなさそうな
感じがしてしまいます。
業の深い女性アーティストの創作物は
確かに、引き込まれるような
”魔”がありますが
同時に、エナジーを
ヴァンパイヤされるような
気もしてしまうのです。
レンピッカさまには
ひとり娘がおりましたが
奔放なレンピッカさまの生活の中で
彼女の存在が顧みられることは
少なかったようです。
晩年は、私設秘書という名の
召使い的存在にされた模様。
ただしレンピッカさまは
少女や子供を描く時は
娘以外の女性をモデルに
することはありませんでした。
そのことが
アーティストであった彼女の
たったひとつであり
最大限に捧げた
母性だったのでしょう。


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