母が遺してくれたのは


「笑顔」でした




令和七年二月二十一日


母 満八十三歳

その生涯をそっと終えました








名古屋から岐阜の施設へ駆けつけ


母が眠る部屋に入ったとき




真っ先に


わたしは


母と同居していた お義姉さん(兄嫁)を

抱きしめていました



ただただ感謝が溢れて


涙でぐちゃぐちゃになりながらも

ありがとうと伝えつづけて





隣にいた兄とも抱き合って


ありがとうを伝え




弟にも言葉をかけ






母のもとへいき


お母さん ありがとうね



そうだったんだね


お母さん、今日だったんだね




そかそか♡







そんな言葉を母にかけていました






まだ温もりがある母の手や足をさすり


なんとも言い表しようのない


あたたかな空間にいました




そこには、平成十年に亡くなった父が


居るような気がして




あぁ、母は逝く時に


ひとりじゃなかったんだなと…








第一報が「集まってください」ではなく


「亡くなりました」だったので



突然のお別れに



しばらくして到着した姉も含め


わたしたちは


身を寄せ合うことで


なんとか…保っていたのかもしれません





そこからは




わたしたちきょうだい4人

そして、その夫婦



皆で心を寄せ合い


葬儀の準備をしていきました






言葉を気にせずに云うならば



きょうだい夫婦皆で
母を送る準備をし、

かたちになっていくのが


本当にしあわせで、たのしくて




葬儀場の担当の方にも恵まれて




私たちの想いをすべて


叶えてくださったり



お心遣いをいただいたり…





準備が進むにつれて


みんなが笑顔になって




わたしとしては


スタッフさんも親族のような気持ちに


ひとつになっていて





遺影は


少々若い頃の「笑顔」の母となりました









そして、親戚の方々が


心を込めてしてくださったことも

たくさんあって



母の人徳だね ありがたいね…と


ただただ受け取らせてもらいました






弔問にきてくださった方々と


母との思い出話をするたびに



涙は溢れ





最期のお別れでは


泣いて泣いて…






母へ書いたメッセージを

お花といっしょに


棺に入れることを


すっかり忘れるほど


泣きつづけ








それでも

棺の蓋をしたあとに

棺に手向けた花束💐に


書いたメッセージを差し込んでもらえて…








また

ハッとして


「御数珠がない!」と…


もしかしたら、手首に御数珠をしたまま

泣いて泣いて

母のほっぺや頭を撫でていたときに



母の棺に…!?






火葬場で荼毘に移し


御数珠をつけないまま

手を合わせて




移動して控え室へ…



御手洗いに行ったりして


しばらく待ち




お骨拾いのアナウンスがあり

席を立とうとすると




(いまだに理解できないのだけど)


わたしの太ももあたりに



ポンと…感触がして



そこには、御数珠。




えっ?

天から降ってきた?



火葬場控え室の天井を見上げ


ぽかん…。






そんなわたしを



係の方が

「ご親族様、喪主様のあとについてこちらへ」と

案内してくださって


慌てて ついていき




今度は御数珠をつけて


母のお骨拾いをさせてもらいました






そんなこんなで


どこまでもマイペースなわたしのままで


母を送ることができました








さみしさはあるけれど


おかげさまで

それを包み込むようなあたたかさに

たくさんふれております



心より深謝申し上げます

山本登志子







ありがとうございます


トリニティ数秘術認定カウンセラー
山本登志子