今日は性格の素直な人と、ひねくれちゃった人の話
ひねくれている、ではなくて、ひねくれちゃったというのが
着眼点ですよ
赤ちゃんは可愛いから、
そのままでいいから
愛される
=素直だから愛される
そうですね
赤ちゃんを見ているとわかりますね
素直か、ひねくれてるか
そうおもってみると、
赤ちゃんはとてもシンプルです
おむつが濡れたら、気持ち悪いと泣いて知らせる
お腹がすいても、お腹がすいたよと泣いて知らせる
(本当はね泣く前に、ちゃんと合図出していますけど)
寒いと泣き、暑すぎても泣き、
どこか痛くても泣く
自分にとって不都合なことがあれば、
喋るという、まだ言葉を持たないので
(正確には日本語としての言語という意味)
泣いて知らせる
つまりはとてもシンプルです
自分の欲求に対して、
とても素直だし、そのままです
私たちは
そんな赤ちゃんの頃、
そのままに育っていたら、
素直になっていたでしょうね
でも、大きくなっていく過程で、
あれはだめ、これはだめ
人前で泣くもんじゃない とか、
お姉ちゃんなんだから、
お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい、とか
静かにしなさい とか、
ことあるごとに、
我慢する ことを要求されてきましたし、
それが当たり前だと思い込んでしまいました
その時に、
貴方の心の中にいる
本当の貴方が
「本当は、こうやって欲しかった、
自分の望みはこうだったのに、聞き届けてもらえなかった」
そんな気持ちを積み重ねていきます
そうやって
「自分の望むことはかなえてもらえないんだ」と
思い込むのです
心の中にいる本当の貴方は
こうやって拗ねていきます
そんなことが折り重なって
貴方は性格がひねくれちゃった 人 になるのです
性格が素直な人がいるということは
どういうことでしょう
この「自分の望むことはかなえてもらえない」
その経験が全くないのではなくて、
かなえてもらえないこともあったけれど、
認めてほしい時に、認めてもらえてた
その経験がある人なのです
自分の望むことは、かなえてもらう
かなえてもらえたことが多い人は
「自分の望むことは、絶対にかなえてもらえない」
とは思っていません
わかりますか?
性格が素直な人というのが
どういう人なのか?
どこにフォーカスしているのかが
ポイントになるのです
素直な人が
どんどん願いをかなえてるとそう周りの人は見ていますね
どういうことなのか、
素直な人は、
人生において、
出来ないことも、かなえられなかったことも、あるけれど
出来た、かなえられたことがちゃんとあったよ
願いはちゃんとかなってきたよ
思いはかなう
願えば叶う
と信じているのです
そして、叶ってきたことに、ありがとう
私、運がいいのと
喜べる人なのです
でも、
ひねくれちゃった人はどこにフォーカスしていますか?
その人にとっても、
実はすべてが出来なかった、かなえられなかったことばかりで
過しているのではないのです
かなえられていることもあったはずなのに、
その人は
かなえられなかった、出来なかった
願いは叶えられないものだ
思っていても、願いは叶えられない
叶えるためには何か、代償を払わなければかなえられないのだと
できなかったことに、フォーカスしているのです
そして、
私は運が悪いの、不運なのと
運の悪いことばかり考えている人なのです
私は不運なのと
言っている人、
ちょっと考えてみて下さい
毎日食べる食事、
すべて、自分の食べたくないものを
食べさせられていますか?
そんなことはありませんよね
自分で食べたいものを選んでいますよね
自分がやりたいと思うこと、
例えば、
通勤の移動中、
眠たいと感じたら、
眠ることができていますよね
ちょっと視線をかえるだけで、
本当は
自分の願いは自分でちゃんと叶えているんですよ
そのことに、気づいてくださいね
このお話しは
他にも着眼点が沢山あります
なので、少しずつ書いていきますね。