● 大好きな祖母と最期のお別れ
愛され妻のあなた~こんにちは
芦澤早織(あしざわさおり)です
ブログは、私と祖母の関係についての思い出です。
つらつらと、書かせていただきますね。
昨夜9月10日、夜に祖母が亡くなった連絡がありました。
その時私は、ちょうど受け容れの女神プログラムのワーク会の途中。
一瞬、え?!と時が止まり、、、
メンバーさんに祖母が亡くなったことを伝えると、
快くワーク会を延期していただけました。
本当にありがとうございました。
そこから、お通夜や、お葬式、どう動けばいいのか弟の連絡を待ちながら、祖母との思い出を振り返っていました。
思い出したら泣いてしまう。
ちょうどお休みだった旦那様に、祖母の話を聞いてもらっていました。
話せば涙も出てきて、、、
心細い時に、旦那様がいてくれて本当に良かったです。
私の生きづらいスネスネのオモコの性格は、祖母から受け継がれたものです。
気が強くて、自分でなんでもやろうとして、我慢して怒って。
気が利いて不器用で、祖父のことが大好き。
怒るツボがわからず、素直に受け取って喜ばずに皮肉を言う。
口うるさく、母との会話は怒鳴り合いの喧嘩ばかり。
ヒステリーなやり取りに、毎日私は心を閉ざしていきました。
祖母が大好きなのに、好きなことを伝えても信じてもらえない、
すねてしまうと、本当にめんどくさくて大変な人でした。
祖母の口癖は、
私なんて、おらんようになったらええんやろが(居なくなったらいいの意味)
全部私のせいにして!邪魔者なんやろ!
などなど、自分責めの言葉。
違うって言っても、聞いてくれない。
でも、今ならわかるんです。
祖母は愛が深いし、とても傷ついてきた人だって。
子育てできっとすごく悩み、自分をずっと責めていたんじゃないかなぁって感じます。
痴呆が進んでからの祖母は、天使みたいでした。
「早織ちゃん、まだ覚えとるで〜。
ありがとうな、ほんまに嬉しいわぁ。
かぁちゃんが、よく面倒見てくれてありがたいんやで」
そう、口癖のように言っていました。
ニコニコして、優しいお顔。
私は、ずっと祖母の笑顔が見たかったなぁ。
私も素直じゃなかったから、否定ばかりされて居場所がなく苦しかった思春期は家出して、バトルしてひどく心配をかけました。
今でも声が聞こえてきそうです。
「早織ちゃん、スイカ食べるんな?」
「ばぁちゃんは、ええんよ。お前が食べろ」
怒ってばかりじゃなかった。優しかった。
なかなか、食事に行かなかった私を
「これ作ったから早く食べろ」何度も私を呼びにきました。
今ならわかるんです。
私に美味しいご飯を食べて欲しかったって。
でも、喧嘩をしたくなくてうるさいなぁって避けてた私。
お互い素直になれなくて、こじれていました。
怒った顔見たくなくて、なかなか帰るのも嫌になっていました。
でも、私が子宮癌になって、自分が死ぬかもしれないって思った時に、また祖母を大切にしようって思い直します。
私の治療がうまく行った時に、すごく喜んでくれました。
痴呆が始まった時は、ショックでした。
夜中に電話をかけてきて、財布を盗まれたから警察に行く、何度も繰り返す祖母。
おばあちゃん、私今日は誕生日なのに、、、
その言葉を飲み込んでずっと話を聴いていた時もありました。
今思えば、お誕生日だから、電話をくれたのかもしれませんね。
コロナになり4年会えず。
ここ最近は年に1.2回は帰省していました。
最近は、ケンカもせずニコニコ
「帰ってきてくれてありがとう」
「ばあちゃん、会いに帰ってきたで」と素直に話せるようになっていました。
泣きながらごめんね、ありがとうね、長生きしてねって伝えた時もありました。
たくさん思い出はありますが、もう地元に着きそうなので、一旦終わりにします。
長文を読んでいただき、ありがとうございました。
私の本はこちらからご購入できます♡

