みんなのテーマに「学校給食の思い出」ってのを見つけて、ふと思い出した。
わたしのトラウマ。。
濡れたパン
小学校の2年生のとき、学校のランチはもちろん、給食だった。
その頃は給食って
だいたいはコッペパン2個、おかず、デザート、牛乳。ってのが恒例。
ある日、クラスの男の子がふざけていたとき、彼のひじがあたって、わたしの牛乳瓶が倒れ、ちょうどコッペパンの上にば~っとこぼれた。
彼は「ごめん。」 とすぐに謝ったし、わざとじゃないから、たんちゃん、「お腹いっぱいだからいいよ。残すつもりだったし。」 とかなんとかいった記憶がある。
しかし、そのころ、うちのクラスでは自由に給食を残すことはできず、残したい場合、担任の先生の 「残してよし」 の許可がいった。
名前は忘れたが、化粧の濃い、30才くらいのちょっときつい女の先生であった。
「##先生、男子に牛乳をパンの上にこぼされちゃったので、この コッペパン、残していいですか?」
もちろん、たんちゃんの期待した回答は、
「あらま、仕方ないわね。今日は残してもいいわよ。」
とこうなるはずであった。
んが、しかし、
この先生、
「何いってんの、牛乳くらい、いいじゃないの、お腹に入れば一緒。 そのコッペパン、全部食べなさい。」
「えっ....................。」
いまのあたしだったら、
「あんた一緒って言ったね。 じゃ、見本みせてよ。半分、あんたが食べたら、たんちゃんもその半分食べるから!このビッ#教師!」
なーんて、言うだろうが、なんせ、小学校の2年生。8歳だっけか。 あの頃はたんちゃんもか弱い少女であった。。
先生の声が地獄から聞こえてくるように聞こえたわたし、
返事は、「あ、はい
」
そして、「残してよい」 許可が下りなかった子供は食べ終えるまで、給食が終わらないのである。
みんなはとっくに外に出て、ドッヂボールやら、縄跳びやらをしてるのに。
校庭からはみんなのはしゃぐ声がきこえてくる。
同じように、、「残してよし」 許可をとれなかったY男が、おかずに入っていたグリンピースと戦っている。
教室にはY男とたんちゃんだけであった。
「よし、Y男には負けられん!」 と思っても、牛乳でびしょびしょに濡れたパン、スプーンですくって口に入れるけど、のどから吐き気がこみ上げててくる。
一口、飲み込むと、涙が、情けないのと悲しいのとにプラスして、吐き気とともに、噴出してくる。。
そうこうしているうち、涙目になってたY男、ようやくグリンピースを食べ終えたのか、きれいになったお皿をビッ#先生に見せ、外に飛び出していった。
がーーーーーーん
残るはあたしだけか。。
濡れたコッペパンまだ半分も食べれてない。。女教師を見ると、こっちを見て薄ら笑いをうかべている (ような気がする)。
そのあと、彼女は机に向かい、テストの点数つけなんかしておる。
なんとかこれを隠してごまかすことできないかなあ。魔法が使えて、
「ミルク漬けコッペパンよ、消えろ~テクマクマヤコン!(ちょっと違うか)」
なーんていろいろおもったけど、濡れたパンを隠す場所もみつからず、結局、吐き気と涙と戦い抜き、全部食べ終えたのはお昼休み終了のベルが鳴ったころ。。。
先生にようやく、おさらを見せたら、「給食室へもどしてきなさい。そして、給食おばさんにに謝りなさい。あんたのせいで、給食おばさんはきっとそのお皿を手洗いしなきゃなんないのよ!」
どこまで、この女、ビッ#なんだろう。。
(##先生なんて大嫌いやわ!)
と思いながら、走ってお皿を給食室へ戻しにいったんです。
先生に反抗なんて考えられなかったし。考えるとあの頃の子供って無力なんだよね。
その後からです。 濡れたパン、 トラウマです。
スープにパンを浸して食べたりする人もいるけど、
私はあの 「濡れたパン」 が脳裏によみがえります。
うちのだんなはイタリア系
お皿に残ったパスタのソースなんかもパンですくって食べるけど、
やっぱりこれも「濡れたパン」 を思い出し、ソースがどろってしてるとまだいける。でもサラサラだと、パンが汁を吸収し、ふにゃふにゃになる姿をみて、吐き気と涙と戦って食べたミルク漬けコッペパンを思い出し、これもパス。
硬いフランスパンをくりぬいてシチューなんかいれて、パンごと食べますよね。
あれもシチューは食べても、パンがシチューに浸っている部分はとんでもない。
うっ てこみ上げて来るものがあります。
あの ビッ#女教師 のせいで、わたしのトラウマは決して消えないようです。
皆さんも給食の苦い思い出ってあります?
わたしのトラウマ。。
濡れたパン
小学校の2年生のとき、学校のランチはもちろん、給食だった。
その頃は給食って
だいたいはコッペパン2個、おかず、デザート、牛乳。ってのが恒例。
ある日、クラスの男の子がふざけていたとき、彼のひじがあたって、わたしの牛乳瓶が倒れ、ちょうどコッペパンの上にば~っとこぼれた。
彼は「ごめん。」 とすぐに謝ったし、わざとじゃないから、たんちゃん、「お腹いっぱいだからいいよ。残すつもりだったし。」 とかなんとかいった記憶がある。
しかし、そのころ、うちのクラスでは自由に給食を残すことはできず、残したい場合、担任の先生の 「残してよし」 の許可がいった。
名前は忘れたが、化粧の濃い、30才くらいのちょっときつい女の先生であった。
「##先生、男子に牛乳をパンの上にこぼされちゃったので、この コッペパン、残していいですか?」
もちろん、たんちゃんの期待した回答は、
「あらま、仕方ないわね。今日は残してもいいわよ。」
とこうなるはずであった。
んが、しかし、
この先生、
「何いってんの、牛乳くらい、いいじゃないの、お腹に入れば一緒。 そのコッペパン、全部食べなさい。」
「えっ....................。」
いまのあたしだったら、
「あんた一緒って言ったね。 じゃ、見本みせてよ。半分、あんたが食べたら、たんちゃんもその半分食べるから!このビッ#教師!」
なーんて、言うだろうが、なんせ、小学校の2年生。8歳だっけか。 あの頃はたんちゃんもか弱い少女であった。。
先生の声が地獄から聞こえてくるように聞こえたわたし、
返事は、「あ、はい
」そして、「残してよい」 許可が下りなかった子供は食べ終えるまで、給食が終わらないのである。
みんなはとっくに外に出て、ドッヂボールやら、縄跳びやらをしてるのに。
校庭からはみんなのはしゃぐ声がきこえてくる。
同じように、、「残してよし」 許可をとれなかったY男が、おかずに入っていたグリンピースと戦っている。
教室にはY男とたんちゃんだけであった。
「よし、Y男には負けられん!」 と思っても、牛乳でびしょびしょに濡れたパン、スプーンですくって口に入れるけど、のどから吐き気がこみ上げててくる。
一口、飲み込むと、涙が、情けないのと悲しいのとにプラスして、吐き気とともに、噴出してくる。。
そうこうしているうち、涙目になってたY男、ようやくグリンピースを食べ終えたのか、きれいになったお皿をビッ#先生に見せ、外に飛び出していった。
がーーーーーーん
残るはあたしだけか。。
濡れたコッペパンまだ半分も食べれてない。。女教師を見ると、こっちを見て薄ら笑いをうかべている (ような気がする)。
そのあと、彼女は机に向かい、テストの点数つけなんかしておる。
なんとかこれを隠してごまかすことできないかなあ。魔法が使えて、
「ミルク漬けコッペパンよ、消えろ~テクマクマヤコン!(ちょっと違うか)」
なーんていろいろおもったけど、濡れたパンを隠す場所もみつからず、結局、吐き気と涙と戦い抜き、全部食べ終えたのはお昼休み終了のベルが鳴ったころ。。。
先生にようやく、おさらを見せたら、「給食室へもどしてきなさい。そして、給食おばさんにに謝りなさい。あんたのせいで、給食おばさんはきっとそのお皿を手洗いしなきゃなんないのよ!」
どこまで、この女、ビッ#なんだろう。。
(##先生なんて大嫌いやわ!)
と思いながら、走ってお皿を給食室へ戻しにいったんです。
先生に反抗なんて考えられなかったし。考えるとあの頃の子供って無力なんだよね。
その後からです。 濡れたパン、 トラウマです。
スープにパンを浸して食べたりする人もいるけど、
私はあの 「濡れたパン」 が脳裏によみがえります。
うちのだんなはイタリア系
お皿に残ったパスタのソースなんかもパンですくって食べるけど、
やっぱりこれも「濡れたパン」 を思い出し、ソースがどろってしてるとまだいける。でもサラサラだと、パンが汁を吸収し、ふにゃふにゃになる姿をみて、吐き気と涙と戦って食べたミルク漬けコッペパンを思い出し、これもパス。
硬いフランスパンをくりぬいてシチューなんかいれて、パンごと食べますよね。
あれもシチューは食べても、パンがシチューに浸っている部分はとんでもない。
うっ てこみ上げて来るものがあります。
あの ビッ#女教師 のせいで、わたしのトラウマは決して消えないようです。
皆さんも給食の苦い思い出ってあります?