今、NYは月曜の夜、十時少し前。


一週間の冬休みが終わり、やっと双子が学校に戻ってくれた。


久しぶりの静寂をコーヒーを飲みながらちょっと楽しむ。

「さあ、やろか」

僕は金曜に提出すべきエッセーの執筆に取り掛かった。

5本提出と思っていたら、4本だったとわかり、

「お~、ラッキー、ラッキー」とひとしきり喜んだ。2本は既にほぼ完成しており、今日は3本目を大方書き終えた。字数は1本800~1000字くらい。


11時くらいから既に書いた50本のうちのいくつかを手直し。

目安としては、1本で2ページなのだが、1,2行だけ次のページにまたがり終わってしまうものがある。それを、何とか2ページに収まるようにしたり、どうしても入りきらないものは、少し加筆したり改行を増やしたりして、最後のページに4,5行はかかるようにした。


1時半ごろに、車で15分ほど離れた所にある大道という日系食材店に行った。



実は、僕は1年位前まで、その日の夕食の分しか買い物ができなかった。どうしても次の日のメニューまで考えられないのだ。その結果、この大道に週3回、アメリカのスーパーにも週3回くらい、とほぼ毎日買い物に出ていた。


それが、今では、だいたい2日分、調子の良い時には3日分のメニューを決められるようになった。

きっかけは、うちのアメリカンワイフがビ―ガンという菜食主義のダイエットをやりだしたことだ。敬虔なビ―ガンの人は、牛乳や卵も含め、動物からできた食品は一切口にしないのだが、妻のは、もう少し柔軟性があり、食べたい時には肉も食べるといったもの。


我が家には皆が使うカレンダーがひとつキッチンの壁にかかっているのだが、妻が夕食を家で食べない時は、そう記されている。

うちの子供達は肉が大好きで、妻と一緒に食事をする時は肉が食べれないことを残念に思っている。


「今日はマミーは家でご飯をたべないから」と妻が朝言うと、子供達は、

「やった~!今夜は肉が食べられる」と喜ぶ。子供は、特にジーニィは母親っ子なので、妻の帰宅が遅いとぐずぐず言うのだが、彼女が菜食になってからは、あまり文句を言わなくなった。母への愛は肉より薄し、という事か。


妻が家でご飯を食べないのは週に一回か二回。その日は待望の「肉の日」なので、以前よりも簡単に、「あ、この日はこれが食べたい」とアイデアがでるようになった。また、野菜の日は、まだ僕の勉強不足であまりメニューの幅がなく、選択肢が限られているのでメニューも決めやすい。


今日と明後日は「肉の日」で明日は「野菜の日」

僕は大道で、今日=トンカツ、明日=豆腐ステーキ、明後日=カレー、といとも簡単に決める事が出来た。


妻の菜食主義のお陰で子供達も野菜を摂取する量が増えた。なにせ、野菜の日は野菜しかないので腹が減ってたら食うしかない。また、肉の日は、肉と一緒に出す野菜を食べないと肉を食わせないようにしているので、肉に飢えている彼らは仕方なく野菜を食べる。


妻の菜食主義のお陰で、妻は瘠せて(本人は5キロ瘠せたと言っている)、子供は肉も野菜もよく食べるようになり、僕も買い物に出かける回数と時間が減り、当初、感じていた不都合はすっかりそのメリットに取って代わられた。


人生万事塞翁が馬、とはよく言ったものだ。


では、またね。

読んでくれてありがとう。


Takaya


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