「あっ、屁、こいだな、お前」とぼくが言うと、

「僕じゃないよ~」と息子。

「わたしじゃない」と娘。


この会話、我が家ではよくあります。

その理由の一つは、我が家では屁をこぐ前にそれを宣言しなければならないという掟があるからです。残念ながら奥さんは参加していません。


更に、屁をこぐ前に、他の人から数メートル離れなければなりません。


子供が学校から帰ってくると、30分の休憩のあと、いつも三人で宿題をやります。

場所はいつもダイニングテーブル。上座に僕がデンと座り、右手に娘、左手に息子です。


宿題をしているさなか、

「あっ」と娘が控え目な叫び声をあげて、あわただしく席を立ち、タタタタと隣の部屋に走っていき、そこで「プ~ッ」とやります。すぐにこっちに駆け戻って来ようとする彼女に、

「あっ、ちょっと待て。おならは後をついてくるから、もう30秒そこにいて」と言います。

彼女は言いつけどおり30秒待って、こっちに戻って来ます。


よしよし、良い子だ。きちんとこのようにおならが処理されると、誰も文句は言いません。我が家の平和は保たれるのです。


しかし、そうは行かない時だってある。

「出物、腫れもの、所嫌わず」と言い、おならなどは時と場合に関係なく出てきます。たとえ事前申告という掟があっても、あっと思ったらもう出ている時もあります。


そのような突発事件が起こると、冒頭の会話になるのです。


「あっ、宣言するはずだったのに、黙ってやったな?」という非難が被害者(被災者?)の言葉に含まれています。


以前は、息子も娘も正直に、「ごめんなさ~い」と言ってたのに、最近(今、小三)は結構、しらばっくれる。二人とも演技が達者になり、僕からは本当にどちらが犯人なのかわからない。


しまいには、「お父さんでしょ」と言われる始末。こうなると始末が悪い。犯人の子供は罪を僕になすりつける為に必死に僕を非難するし、犯人でない方の子供は、僕と犯人がお互いに罪のなすりつけ合いを演じているように見え、ますます僕を非難します。


二人とも口が達者になり、以前のように一筋縄ではいかなくなってきた。

人間は成長すると人を疑う事を覚えるもんなんですね。


じゃあ、また明日。

読んでくれてありがとう。


Takaya