自分で書いた卒論を読んで
感極まって泣いた話をしようか。
1994年3月、
それが、この論文が提出された時期だ。
当然ながら、実際の執筆は
前年か、
もしかしたらもっと前からだったかもしれない。
論文、というには
いささかでたらめな作文ではあったのだが、
私が在籍していた文学部の、
文芸専修というのは
あまりにゆるくて、
とにかくおもしろがって書いたものなら
何でもOK(※ただし納期厳守)
という雰囲気だった。
物書き志望の学生は結構いたので
小説などを卒論にするものもいたはず。
何かかく人になりたい、
そう思っていた時期は、
私にもあった。
中学(もしかしたら小学)あたりから、
高校の2年くらいまでがそうだったと思う。
その後も、
かくことは嫌いではなかったが、
それで名をなそうとか
それを生業にしようとか、
そういう思いはいつの間にかなくなっていた。
多分、
「越えられない壁」があると
思い込んでしまったんだろう。
私には、
とてもあんなすごいものは書けない。
すごい人が書いた
すごいものを読んで楽しんでいればいいや。
高校時代、
とにかく落合信彦が好きで
彼が書いている本も雑誌も
片っ端から集めまくってた。
まだインターネットもない時代、
田舎の本屋に
掲載誌が並ぶのを心待ちにし、
舐めるように何度も読んだものだ。
彼の肩書は国際ジャーナリスト。
1990年前後というのは、
まだ東西冷戦(そして時々中東とか北朝鮮とか)が
健在だった時代で、
ベルリンの壁もまだ崩壊していなかった。
不謹慎な物言いなんだろうが、
私はそんな情勢にワクワクしていたんだ。
今思えば
私が国際政治の何をわかっていたわけでも
なかったのだが、
女子高生なりに
自分の日常には縁遠いところで
繰り広げられているであろうドラマに
魅了され、ときめいていたのかもしれない。
そして当時は
誇りこそすれ
そんな自分の嗜好を
恥ずかしいと思ったことはなかった。
広瀬隆は、
進学して上京後に
知り合った友人から
教えてもらって興味を持った。
とにかく状況証拠と理論だけで
ものすごい仮説を組み立てる手法は
見事としか言いようがなかった。
まだネットもなかった時代に、
紙のデータベースを部屋一面に並べて
点と点をつなぐやり方なんて、
想像しただけでも気が遠くなる。
何か凄そうなこと書いてあるが、
実は何言ってんのか
自分でもよくわからない・・・
(多分、書いた当時は分かってたんだ・・・きっと)
この二人の接点というのは
実際にはなかった(と思う)のだが、
たまたま同じ時代に
同じような分野に関心を持ちながら
決して交わることのない二人を
並べてみたいなと
私が思ったんだ。
なので、
卒論の仮テーマでは
「銀英伝における
優れた為政者による絶対君主制と
腐敗した民主制ではどちらが正しいか」
みたいなのを出してたのを取り下げて
最終的には落合と広瀬の比較みたいなものに
決めた。
※文学部の卒論です
何せ、高校時代から
落合の書いたものは
ほぼすべて読み尽くしていたので
書くことは楽しくて仕方なかったのだが、
一つだけ懸念があったとしたら、
「論文」のテイにしなくてはいけないということで、
これは最後まで
解消されることはなかったのだが、
「結論は特にない」
という、
ある意味最低な計画になってしまっていた。
そりゃそうだ、
自分がただやりたくてやってたことに
オチも理屈もあるもんか。
それでも、
書くのは本当に楽しかったし、
時間が許せばまだまだ行ける気が
その時はしていた。
文章は決してうまいものではなかったけれど、
あの頃の私が
目一杯背伸びをして
全力で書き上げたものだったってことは
自信を持って言える。
まさかのテンプレホームズwww
やりたかったんだな(*´艸`*)
実はこの頃も、
私自身の自己肯定感というのは
かなり低かったのだが、
それはそれ、これはこれ。
つい、一緒に考えて、
当時の私の行動まですべてを
否定していた時期が
その後長かったのだけど、
本当はそんな必要は
全くなかったんだな。
あらためて今思うに、
私はこの二人の
どこに魅力を感じていたんだろうか。
手法はすごかったし、
スケールも大きかった、けれど、
生き様みたいなものに
強く惹きつけられた、というのが
一番だと思ってる。
もちろん、
それで結果を出してくれた
(本になったり、ベストセラーになったり)
おかげで、
私が知るところとなったのではあるが、
売れてるから、人気があるから、
ということではなく、
生き方だのあり方だのを
ガツンと見せてくれるところに
ものすごく敬意を感じていたんだ。
あの頃の私は、
そこそこおもしろおかしく
暮らしてはいたものの、
いつからか、
誰かの目を気にしながら
自分ではない生き方を
目指すようになっていたんだろう。
それを当時は
「落合さんみたいに生きたい」と
認識していたかもしれないが、
本当は、
私は、私自身が思うように
生きたいと
本当は強く望んでいたんだろう。
その後、
いろいろな人生の岐路があって、
自暴自棄になっていたある時、
あれだけ大事にしてきた
落合の本も資料も
全部処分してしまった。
十何年か前になるかな、
今の家に引っ越してきてからだった。
とにかく、
自分が全てイヤになってた時期だ。
本だけじゃなくて、
中学校の頃に描いてた
ヘボい同人誌っぽいコピー本とか、
上京してからも作ってた
近況個人誌みたいなヘボい冊子も
全部すてた。
今まで、これは手放せない、って
思ってたものこそ処分したんだから、
それ以下のものなんて
全部要らないよね、と
その時思った。
それで、
過去はないものにして
リセットして生きようとでも
思ったんだろうか。
まあ、うまくいくなら
それもよかったのかもしれない。
でも、
その時の私は
自分と向かい合うことから
逃げまくっていたので、
その後の十何年かって、
余計どツボにはまることになったのだっけ。
今がひたすら苦しくてたまらない、という時、
過去の楽しかった時期すら
眩しくて羨ましすぎたんだ。
あんな思い出があるから
今が余計惨めだと思ったんだ。
よい時期を知ってしまうと
落ちぶれるって、本当に怖い。
だったら、
なかったことにしよう、
そういうことだったんだろうな。
しかし私は結局、
それによって今が不幸ではないと
認識することもできなかった上、
過去の輝いてた頃の思い出まで
否定して、なくしてしまっただけだった。
でも、
卒論だけは捨てられなくて、
もうずっと、10年以上、
押入れの同じ位置で、
ホコリ被ってカビだらけになりながら
そのまま、
かといって読み返すこともなく
そこに保管してることも忘れてた。
実はさっき、
別のものを探すつもりで、
めったにあけないクロゼットをあけて、
しかもめったにやらないのだが、
結構奥まで漁ってみたところ、
処分したと思ってた文芸同人誌が
ごっそりでてきて、
それと一緒にうっかり
卒論も引っ張り出してしまったんだ。
そういえば卒論、
返却されてから
一度も自分で読み返してなかったっけな、と、
つい読みはじめてしまった。
何書いたかも
実はあまりよく覚えてない。
ただ、文体は落合とか広瀬風に
似せた感じにしたっけな、みたいな
ことだけはよく覚えてる。
昔から、そうやって
外側から入るやつだったよ私は。
引用あとの真ん中辺、誤字発見。
「研究する人はいるかもしれない」
だよな。
23年ぶりに読んだ文章は、
おもったよりも拙くて、
おもったよりも真面目にしっかり書いてあって、
内容は意味不明な部分(私が知識を忘れてる)も
いっぱいで、
今読んでも
「は? エネルギー問題?」
みたいな、ピンとこないところは
多々あるものの、
私はこんなことを考えて
こんなことを書いていたのか!
と、涙が止まらなかった。
内容は今読んでも
「・・・だから結論は何よw」
なのだけど、
これ、おもしろがりながら
書いたんだろうなぁ、という
熱量みたいなものは
今でも自分に伝わってきて、
ああ、人生を模索するって
こういう感じなんだろうな、と、
強く思ったんだ。
まさか23年前の自分が書いたものに
いまさら泣かされることになろうとは!
これを書いた当時の、
練馬のアパートの六畳の和室で
ワープロ叩いてたあの頃の自分の傍らに
今の自分が立っているような感覚だったよ。
その後、
私は短期間ながら、
ライターではなくて
編集という道を選び、
私自身が直接
何かを作ったり生み出したりすることから
遠ざかってしまった。
私なんかより、
もっとすごい人のコンテンツを
世に出すことを
見えないところで支えていればいいや、
なんて、思おうとしてたんだろう。
実際、そういう作業は得手でもあった。
でも、
もしかしたら、
私はそれでも、
自分で何かを
ひねり出したかったのかもしれない。
きっと結果は同じだったかもしれないにしても、
やりたい、と思う気持ちを
なかったことにして、
挑戦すらしないで
「私はこっちでいいです」
なんて態度を取り続けてきたことに、
私はもっと早くハラをたててよかったんだ。
でも、いいじゃないか。
こうして今、
23年の時を経て、
私が書いたものは
私に届いている。
あの時、ただただ、
自分の愉しみのためだけに書いたものだ、
そもそも、他者に読まれることすら
想定していないのだから、
誰かを感動させようとか、
何かを変えようなんて意識は
これっぽっちも混ざっていない(はず)。
そんな、ある意味無欲な私の文章が
どういうわけか23年後の私に刺さり、
微弱でありながら、
確実に何かを変えたようだ。
やってることは同じながら、
多分意識の方向が
昨日までとは
少しだけ違う、ような気がした。
私は23年前の私に救われ、
23年前の私は、
23年後の私を変えたんだ。
変えた、ということは
変わる人あってこそ。
私は昔の私に救われたようでいて、
昔の私のことも救ったのかもしれない。
あれは、まちがいなく
「私のための物語」
だったんだろう。
あの日の自分に
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