ランチ
川原湯温泉から群馬県北群馬郡吉岡町上野田までの45.32kmを1時間31分かけて「そば処三国」へ。
吾妻町の槻木
故事・伝承等
元和元年(1615)岩櫃城破却ののち、吾妻郡一帯は真田氏の統治下におかれ、新たに吾妻原を開拓して町割をつくった。
これが現在の原町であり、当時すでにこの樹はうっそうとした老樹であり、この町割の基準とされ、かつ、町の鬼門除けとして畏敬されてきた。
通称、ツキノキ(槻木)と呼ばれ、地名にもなっている。

太さは日本でも指折りのもので、ケヤキ3名木の一つといわれていたが、昭和40年(1965)頃から衰弱が目立ってきた。
三叉路の中央にあり、周り中が道路で生育環境は良くない。空洞内の発根で辛うじて生命を維持している。
国指定天然記念物 昭和08年04月13日指定
樹齢 推定1000年
樹形 樹高 17.0m 胸高周囲 9.10m


日本初アイスワールド
渋川市の式場「ホワイトパーク」内にこのほど、年間を通して氷の彫刻を展示する「アイスワールド」が新設された。高さ約2mにも及ぶ五重の塔や、鑑賞だけでなく乗ったり触れたりできるシロクマや滑り台などがずらりと並ぶ。

水沢歴史美術館
水沢界隈は「珍宝館」や「命と性ミュージアム」など、ぶっ飛んだ施設が多い。
この「水沢歴史美術館」もそれらの異様なオーラを持つ施設群の一つであり、その外観の怪しさから訪れた人は少ないだろう。

そば処三国
平成4年創業。
手打ちのほかランチもやっており歌うステージがあります。食事とカラオケの両方が楽しめるお店です。
食事とカラオケの両方が楽しめる、お客様から広く愛されているお店です

常連客からも「ツルツルの音が最高」「喉越しが良い」と人気で店内には小上がりのステージでカラオケが常設されており、近所の人々の憩いの場になっています。

さらに、店主のご子息は演歌歌手・三国けんとして活動中で、店内で歌うこともあるそうです。
演歌歌手で息子さんの三国けんさんのポスターやはっぴなどがたくさん。

元々、お父さん(作曲家)お母さん(歌手)という音楽一家に生まれた三国けんさんの代表曲「道づれはおまえだけ」の作詞はお母さん、作曲はお父さん。

松崎かつみさんの作詞作曲の「百合子/花水木」などです。
店内には「道づれは、おまえだけ」、「港町から」、「百合子/花水木」(クラウンレコード)などのCDが販売されている様です。
演歌
1960年代半ばに日本の歌謡曲から大衆芸能として人気となったジャンルで、日本人独特の感覚や情念に基づく娯楽的な歌曲の分類の一つである。

↑ 店内は三国けんのポスターと「オモウマい店」で放映された映像が流されている ↓
当初は同じ音韻である「艶歌」や「怨歌」の字も当てられていたが、1970年代初頭のビクターによるプロモーションなどをきっかけに「演歌」が定着した。なお、音楽理論的には、演歌の定義はない。
↑ 店内に入って直ぐに小さなステージがありカラオケが楽しめるようになっている ↓
歌唱法
歌唱法の特徴としては、「小節(こぶし)」と呼ばれる独特の歌唱法(メリスマとほぼ同義)が多用される。
又、必ずと言ってよいほど「ビブラート」を深く、巧妙に入れる(例えば2小節以上伸ばす所では2小節目から入れる、等)。
この2つは演歌には不可欠といって良いが、本来別のものにもかかわらず、混同される場合も多い。

↑ モニターは二か所に有る ↓
衣装
演歌歌手(とくに女性)は、日本的なイメージを大切にするため、歌唱時に和服を着用することが多い。
↑ そば処三国のメニュー ↓
そば処三国で29年続く三国丸にのった三国大漁船を紹介します。
三国大漁船とは、いわゆる天笊(てんざる)を和船をかたどった大きな器に盛りつけたもの。
舟盛りとは、魚介類を和船をかたどった器に盛りつけたもの。
福井県の嶺北に位置する「三国(旧雄島村)」では、舟盛り発祥の地と語り継がれている地域もある。「そば処三国」の大漁船は此れと関係が有るのかもしれぬ。
↑ 三国大漁船(二人前盛り) ↓
舟盛りは、生の魚介を使用する為、北前船が寄港する港町など新鮮な魚を獲ることができる沿岸地域でのみ食べられていたが、北前船の主導権を握っていた近江商人により内陸に広まったとも言われている。
↑ 薬味や付けダレ ↓
主に刺身類を盛り付けたものが一般的だが、現在では、蕎麦や天ぷら等の盛り付けにも使われるほか、居酒屋等では唐揚げなどを盛り付ける場合もある。

舟盛りは江戸時代から
居酒屋などでおなじみの「舟盛り」。
和船をかたどった大きな器に様々な魚介類の刺身を盛り付けるというスタイルで、日本国内ならどこでも見られ、特に珍しいものではないといえるでしょう。

考案者の名前は、伊藤五右エ門。
舟盛りの歴史は古く、もっとも古い記録としては、安政の大獄で隠居を命ぜられた第16代福井藩主松平春嶽の養子である、第17代福井藩主松平茂昭が越前へ初のお国入りした1840年(万延元年)にまで遡る。
茂昭公が1840年に三国(現在の福井県北部)を訪れた際に、当時村の庄屋をしていた伊藤五右エ門が、茂昭公をおもてなしする為に舟盛りを作りもてなしたのが始まりと言われている。
考案者の名前は、伊藤五右エ門。
↑ 店内と「おっきりこみ」を食べるお客さん ↓
群馬のご当地グルメ「おっきりこみ」
幅広の生麺を、旬の野菜やきのこなどと一緒に煮込んだ料理。
塩を入れずに打った生麺を煮込むため、打ち粉が溶け出してとろみが出ます。
具材は、ニンジン、長ネギ、ダイコン、シイタケ、ジャガイモ、サトイモなどが多く、調味料は、しょうゆ味を使うことが多いですが、しょうゆと味噌を合わせたり、味噌のみというものもあります。





















