6月6日
関東甲信地方 平年より早い梅雨入り

 


 

↑ 梅雨入りの日、降雨の中遠出の旅となりました ↓

 




↑ 道路も混み始めてきました ↓


 

気象庁は、6日、関東甲信地方が「梅雨入りしたとみられる」と発表しました。平年より1日早い梅雨入りです。今年も長雨の季節が始まりました。

 

↑ 今年の梅雨入りは去年より8日早ーい由、急がずゆっくり出掛けます ↓

 



↑ 私は缶コーヒーを 妻はオレンジジュースを ↓

 

なお、今年はすでに、沖縄・奄美地方で梅雨入りしていますが、関東甲信地方が九州南部よりも梅雨入りが早かったのは、2005年の梅雨入り(関東甲信地方が6月10日ごろ、九州南部が6月11日ごろ)以来、17年ぶりのことです。

 

 

↑ 道中は降ったり止んだりの繰り返し ↓

 

 

 

※梅雨は季節現象であり、梅雨の入り明けには、平均的に5日間程度の「移り変わり」の期間があります。

 

なお、この梅雨入りの発表は速報値です。秋に再検討され、見直されることがあります。

 


 

6日の関東甲信地方は、断続的に雨が降るでしょう。雨雲のもととなる湿った空気が、前線に向かって流れ込み、雨脚が強まることもありそうです。

 

梅雨前線は、今週中ごろは、いったん南下するでしょう。ただ、関東甲信では、北東から湿った空気が流れ込みやすく、しばらくは、曇りや雨のぐずついた天気の日が多くなりそうです。


 

上野國一社八幡宮(こうずけのくにいっしゃはちまんぐう)群馬県高崎市八幡町にある神社である。


 

旧社格は郷社。元々は碓氷八幡宮・板鼻八幡宮呼ばれていたと言われる。

現在は一般的に八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)と通称されるほか、「やわたのはちまんさま」と呼ばれている。


天徳元年(957年)に源頼信が八幡荘に石清水八幡宮を勧請して創建されたという。

その後、 源頼義・義家父子や頼朝、さらには新田氏、足利氏、武田氏等関東源氏一門の崇敬を受け、徳川幕府からは朱印地100石を寄進されていたという。

主祭神は品陀和気命、併せて息長足姫命、玉依姫命が祭祀されている。境内敷地は約9,000坪。



 

 

原市のスギ並木
旧中山道、現在は県道48号線沿いにあるスギ並木です。


巨木揃いという点では日光杉並木よりも著名でしたが、残念ながら現在では16本を残すのみと、寂しい状況となってしまいました。


 

松井田
群馬県の西部に存在した町。安中市と合併し、現在は同市の一部。

 


 

碓氷峠があり、江戸時代には中山道の松井田宿、坂本宿の2つの宿場があった。松井田八幡宮は源頼朝が立ち寄った記録の残る由緒ある神社である。




峠の釜めし
群馬県安中市にある「荻野屋」が製造・販売する駅弁である。

 

 

↑ 峠の釜めし 荻野屋本店 ↓

 

 

益子焼の土釜に入れられているという点が特徴の駅弁で、「日本随一の人気駅弁」と評されたこともある。




↑ 荻野屋本店外装 ↓



 

商品概要
直径140mm、高さ85mm、重量725gの益子焼の釜に入った薄い醤油味の出汁による炊き込みご飯である。

 

↑ 駐車場と店内入り口 ↓

 

 


栃木県芳賀郡益子町の窯元つかもとで製造されており、釜の上半分の上薬が塗ってある茶色の部分に「横川駅」「おぎのや」という文字が刻まれている。

 

釜の上には厚さ5mmほどの素焼きの蓋が付いており、さらにその上に包装紙が被せられ、紐で割り箸とともにくくりつけてある。
 


 

↑ 店内 ↓

 

 

↑ 荻野屋のロゴと看板 ↓

 

 

釜の上には厚さ5mmほどの素焼きの蓋が付いており、さらにその上に包装紙が被せられ、紐で割り箸とともにくくりつけてある。


 

この釜を持ち帰れば家庭でも実際に1合の御飯を炊くことができ、おぎのやの公式サイトでも炊き方が紹介されている。


 

食べ終わった容器(釜)は、不要な場合はおぎのやの各店舗に持ち込めば回収してくれる。一部店舗では、空容器の回収ボックスもある。


 

店舗内で供された物のうち一部の容器は洗浄後に再利用されるほか、リサイクルも進められている。

近年は益子焼の釜の代わりにエコ容器(パルプモールド容器)を利用した商品も一部店舗で販売されている。